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障害学会第13回大会(2016年度)報告要旨
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見附 陽介 (みつけ ようすけ) 北海道大学大学院・文学研究科・専門研究員
■報告題目
障害をめぐるモダニズムとポストモダニズム
■報告キーワード
標準化、建築、多様性
■報告要旨
本報告の背景的枠組み:社会の物質的・技術的環境における客体的身体への関心
身体論は今日まで「現象学的身体論」、つまり実存的主体としての身体、あるいはその意識に現れるところの身体を論じるものが支配的であった。しかし本報告は社会的視野から身体を捉えることを目指しており、そのためには社会的環境の内に埋め込まれた客体としての身体に関する研究(分析的かつ批判的研究)が必要であると考える。本報告ではとくに社会の物質的・技術的環境とそこに埋め込まれた物理的身体に関心を寄せる。
主題と方法:建築的現象としての障害に関する規範的研究
本報告は社会の物質的・技術的な環境の内に埋め込まれた身体を主題とするが、研究の方法としては規範の分析を通じて社会的環境と身体との関係を探る方法をとる。具体的に本研究では、人間がどのような規範(ここでは「規範norm」という言葉をおよそ価値判断の基準といった意味で用いる)に照らして自らの社会的環境を造り出してきたかを分析することで、そこに埋め込まれた人間の身体が社会的環境において受ける扱いについて考察したい。
本研究がそのような研究の主題として障害の問題を選択することには特別な意義がある。というのも、今日の障害の問題の多くは希少性のもとにおける効率性というモダニズムの社会的‐技術的規範との関わりにおいて生じており、そのかぎりで障害の問題は規範という観点から近代以降の社会的環境と身体との関係を批判的に分析するための特徴的な焦点を形作っているからである。このとき効率性という規範のもとに形作られる社会の物質的・技術的環境の代表的な形態は建築であると思われる。したがって本報告では、障害の問題をとくに建築的現象として検討する。本報告では、近代社会において建築家が担った仕事、つまり家具や室内のデザインから家屋や公共・商業施設の建設ひいては都市計画に至るまでを対象として、そこに現れる現象をまとめて建築的現象と呼びたい。
なお、この研究においては建築と社会規範に関する公刊された資料のみを用い、特別な倫理的配慮を必要とする障害の個人的事例などは扱わない。
本報告の論点:モダニズムとポストモダニズムの相反
希少性のもとでの効率性の追求が実質的に社会全体の規範となったのは、第一次世界大戦後からだと言える。第一次世界大戦後のヨーロッパ社会の復興において、人々は希少性(人手、資材、時間などの希少性)のもとで効率的に目的を達成することを迫られ、ここに装飾を排除する機能主義的なモダニズムの社会規範が成立する。その際に手法のモデルとなったのは、いわゆるテイラー主義的な工場であった。テイラー主義における効率性の追求の方法は、主に分業と標準化であり、この二つはどちらも(矛盾して見えるようだが分業もまた)無駄の圧縮としての「集約効果」によって効率性を達成するものであるが、とくに社会に強い影響を与えたのは標準化であったと言える。工場労働に関しては、効率的な形に標準化された同一の作業手順を労働者に課すことで、個々の労働力を均質化された形で同一工程に集約することが可能になり、個々の労働者の癖や作業スピードの違い(あるいは怠業)から生じる無駄の圧縮が行われた。これは工場を離れて社会においても同様で、道具や建築物あるいは都市インフラストラクチャーを用いる無限の差異を持つ人々を、そこに実現された標準化の類型へと均質化し集約することで、少ない資源で多数の人々の用に供する効率性が実現された。今日の多くの障害の問題は、いわばこれの裏返しであり、標準化された類型に合致し得ない差異を持つ人々は、集約効果による効率性を損なうものとして社会から排除されることになる。
そのようなモダニズムへの批判から生じたのがポストモダニズムであり、それは当然均質化された画一性に対して多様性・多元性を規範として掲げた。同じ意味で、モダニズムの負の効果として障害の問題を批判的に論じる際にも、この多様性の規範が重要な意義を持つ。しかし本報告の論点は、この多様性の規範が建築(ポストモダニズム建築)においては機能ではなく、意味の領域において、したがってしばしば機能主義が排除したところの装飾の領域においてのみ実現されているという点にある。これは言い換えれば、ポストモダニズムは、原理的には希少性の存在しない記号的・意味的領域においてのみ多様性を規範として採用しており、他方の希少性の圧力のもとにある物質的領域においては、画一化による効率性の規範との直接的な対決を避けているということである。
本報告では、このモダニズムとポストモダニズムの間の一種の規範の棲み分けは、しかし建築的現象として障害の問題を論じる際には成立し得ないということをまず論じ、その上で、そこから推測される障害学の有する挑戦的役割について検討したい。
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