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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


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末森 明夫 (すえもり あきお)
高橋 和夫 (たかはし かずお) 日本聾史学会

■報告題目

『養老令』「戸令」〈目盲条〉の障害関連語彙に関する認知意味論的考察──「癡瘂」の類義語並列構造から古代漢字文化圏における障害関連語彙の位相へ

■報告キーワード

養老令 / 目盲条 / 唖

■報告要旨

1. はじめに

 障害学の史的展開を意図した障害歴史学は様々な成果をおさめてはいるものの、障害関連語彙の語彙史的考証は必ずしも十二分に展開されているとは言えない。757年に制定された『養老令』の「篇目第八 戸令」は45条よりなり、障害の区分を定めている〈目盲条〉を始め、障害者に関わりのある内容が少なからず見られる(山崎1953, 肖2008, 松山2011)。本稿では〈目盲条〉に見られる障害関連語彙の認知意味論的考察をおこなうと共に、古代日本の文字史料に見られる「瘖」「瘂」「唖」の位相との比較をおこない、障害歴史学に資することを試みる。

2. 〈目盲条〉における「癡瘂」

 〈目盲条〉の障害関連語彙の中には「癡瘂」という語がある。『令義解』や『令集解』では「癡」は知的障害者、「瘂」は言語障害者に該当するものとされており、1950年代以降の翻刻版では「癡、瘂、」と分けて書かれている (註1)。しかし、『令義解』や『令集解』の古写本群では「癡」と「瘂」の間には朱点は見られず、むしろ複合語に該当する傍線が見られる(図1)。
 「癡瘂」が「侏儒」や「癲狂」と同じように、類義語並列構造を持つ複合語である場合、「瘂」は「癡」と似た症状を示すと認識されていたものと考えられる。現在は、先天性重度聴覚障害児が適切な医学的配慮及び教育を受けられなかった場合、言語障害を伴う知的発達の遅れが見られることが明らかになっている。すなわち、『令義解』の「不語為瘂也」という記述は単に音声言語の障害のみを指しているのではなく、「癡」のような症状を含意し、メタ言語的に「聾」をも含意するといった概念的隣接構造を包含するものとも考えられる。
 『日本書紀』「巻27天智紀」には「其三曰建皇子唖不能語」という記述が見られるものの、「唖」が聾唖者ないし聴唖者のいずれを指しているのかについては不明であった(図2)。しかし、上記の類推に従えば、建皇子も現在でいう聾唖者であったと見なすのが自然であるものとも考えられる。
 近代以降、聾唖教育が普及し、「聾唖」が手話言語を用いる人という概念を示すものに変化していく(局在化)ことにより(末森2014)、「瘂(啞)」の語義における「癡」類義概念が後景化ないし消滅し、そのような変化が「癡瘂」の翻刻における分かち書きにつながったものとも考えられる。

3. 古代日本文字史料における「瘂」の定位

 〈目盲条〉に見られる障害関連語彙が『寧楽遺文』にも見られるかどうかの調査をおこなった。その結果、障害の区分が併記されている「残疾」「癈疾」「篤疾」の延べ語数は「残疾」22件、「癈疾」5件、「篤疾」6件にのぼり、障害関連語彙の異なり語数は11語(盲、聾、一支不便、一手折、下重、久漏、癲狂など)になった。「癡」は延べ字数1字、「瘂」は0字であったものの、「聾」は2字であった。
 〈目盲条〉では「瘂」という字が用いられているものの、『礼記』「王制篇」(註2)や『管子』「入国篇」(註3)を始めとする古代中国文字史料では、「瘖(喑)」という字が一般的である。また、岡山(1935)が言及した60件の近世以前日本文字史料の場合、平安時代以前はほとんどが「瘖瘂」であるものの、近世は「瘖瘂」と「啞」の両方が用いられている。近世以前日本の文字史料、更には古代東アジアにおける「瘖/瘂/啞」異体字、通仮字、および類義語の位相(語義や用法の揺れなど)のプロトタイプ理論的考証は今後の課題としたい。

*註
1. 凡一目盲、両耳聾、手無二指、足無三指、手足無大拇指、禿瘡無髪、久漏、下重、大癭瘇、如此之類、皆為残疾、癡、瘂、侏儒、腰脊折、一支癈、如此之類、皆為癈疾、悪疾、癲狂、二支癈、両目盲、如此之類、皆為篤疾。(『日本思想体系〈3〉律令』)。
2. 瘖、聾、跛、躃、斷者、侏儒、百工、各以其器食之。(王制篇66, 67)(『新釈漢文体系』)。
3. 所謂養疾者、凡國都皆有掌疾、聾盲、喑唖、跛躄、偏枯、握遞、不耐自生者、上收而養之。疾、官而衣食之、殊身而後止、此之謂養疾。(入国篇5)(『新釈漢文体系』)。

*参考文献
岡山準 (1935)「聾唖史稿」『東京聾唖学校紀要第二輯』東京市: 東京聾唖学校.
肖放 (2008)「中国古代における障害者福祉思想の形成とその特徴に関する一研究: 律令による障害者規定までの古代福祉思想をめぐって」『広島大学大学院教育学研究科紀要. 第一部, 学習開発関連領域』57, 137–143.
末森明夫・岡本洋・伊藤照美(2014)「『日本聾啞恊會創立恊議委員會記錄』攷 ―〈聾啞〉と〈聾〉における当事者性の相克―」『日本障害学会第11回一般研究報告要旨』.
松山郁夫 (2011)「古代日本における福祉の考え方: 養老令における救済に関する規定を通して」『佐賀大学文化教育学部研究論文集』16(1), 207–215.
山崎佐 (1953)『江戸期前日本医事法制の研究』東京: 中外医学社.

図1 「癡瘂」(国立国会図書館本『令義解』巻2)
(画像省略)

図2 「(其三曰) 建皇子唖不能語」(北野本『日本書紀』巻27)
(画像省略)


*倫理的配慮について 
 尚、本研究発表をおこなうにあたり、引用文献および参考文献の活用は諸学会の研究倫理指針に定められている規定を遵守し、本研究発表以外の場では使用しないこと、それにより不利益を被ることはないようはからった。



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