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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨
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高森 明 (こうもり あきら) 無所属
■報告題目
イギリス〈障害者〉政策史(1) ナショナル・ミニマムが潰した可能性
■報告キーワード
適者選択 / 〈雇用不能者〉 / 福祉国家構想
■報告要旨
本報告では、ウェッブ夫妻が提唱したナショナル・ミニマム(国民の最低限)構想が〈障害者〉の労働からの締め出しにどのような思想的役割を果たしたのかを歴史的に考察する。
ナショナル・ミニマムはビアトリス・ウェッブとシドニー・ウェッブが主著『産業民主制』(1897年)ではじめて提唱した政策構想だった。『産業民主制』の段階では、「労働者に生産者ならびに市民としての資力を維持させることおよび(それに)相容れないような雇用条件を禁止すること」を指し、対象は労働者に限定されていた。行政によって強制的に実施されるべき取り組みとしては〈児童労働の制限〉、〈生存するのに十分な賃金〉、〈労働時間の制限と余暇、休息の確保〉、〈労働者の健康を維持するための安全衛生の改善〉などが挙げられていた。
しかし、ナショナル・ミニマムを提唱した直後の文章で、夫妻は〈雇用不能者〉というカテゴリーについて言及する。〈雇用不能者〉とはナショナル・ミニマムが実現した暁には競争的労働市場に参入することを禁止されるべき人々のことだった。
ウェッブ夫妻は〈雇用不能者〉を3つのカテゴリーに分類した。①児童、産婦、高齢者②身体、もしくは精神に疾患を有する者③先天的な〈無能者〉である。②のカテゴリーの例としては〈病弱者〉、〈不具者〉、〈白痴者〉、〈癲癇者〉、〈盲者〉、〈聾唖者〉、〈罪人〉と〈見こみのない怠け者〉、〈道徳的欠陥者〉が挙げられた。③のカテゴリーに含まれるのは外見上の疾患はないが、先天的な要因により規則的あるいは継続的就労ができず、労働の速度や熟練に欠けるとされた人々だった。具体的には同時代に社会の〈お荷物〉として注目された軽度〈精神薄弱者〉のことを指していると考えられる。
ウェッブ夫妻は②③の〈雇用不能者〉を競争的労働市場から排除するとともに、〈優秀〉な労働者を競争的産業に向かわせるために、救貧法の下でその能力に応じて汚物利用農場、屠殺場、酪農場など非競争的な業務に従事させることを提唱した。それは、行政の力を借りたより徹底した〈障害者〉の競争的労働市場からの排除の主張だった。
ナショナル・ミニマム構想を現在のように生存権、社会権の保障という観点のみから評価することは禁物である。ウェッブ夫妻にとって、ナショナル・ミニマムは国民の産業を発展させるために労働者の〈質〉を維持、向上するための政策構想であり、〈最低賃金〉は夫妻が〈国民の最低限〉に値しないと判断した人々を競争的労働市場から駆逐するための方策だった。ウェッブ夫妻のうち、ビアトリス・ウェッブは幼少時の家庭教師だったハーバート・スペンサーの〈最適者生存〉の理論の影響を強く受けていた。しかし、〈不適者〉は自然に淘汰されていくと考えたスペンサーとは異なり、〈最適者〉の生存と〈不適者〉の淘汰は人為的な介入、制御なしには実現できないと考えていた(〈適者選択〉論)。
ビアトリスは貧困調査、産業調査、労働組合調査の経験も豊富だった。劣悪な雇用条件で労働者を雇う〈苦汗産業〉で〈障害者〉が雇用される場合、工場の欠員補充や慈善事業家の口利きで〈障害者〉が雇用される場合があることも把握していた。夫妻は〈障害者〉が競争的労働市場において低賃金で雇用されることによって、最低賃金以上の賃金でなければ雇うことのできない〈優秀〉な労働者と競合することを恐れていた。そして、より低賃金で雇うことができる〈障害者〉が雇用されることによって、産業の〈退化〉が生じると考え、ナショナル・ミニマムを維持することによって〈退化〉の阻止を図ろうとしたのである。
従来のイギリス障害学の歴史的理解では、産業革命による工業化により、産業に適合できなくなった〈障害者〉は競争的労働市場から姿を消したとする前提での議論が広く見られた。工業化が〈障害者〉の労働参加状況に大きな影響を与えたという点については報告者も同意する。しかし、排除という面を強調しすぎると、19世紀の競争的労働市場に生き残っていた〈障害者〉の労働参加状況を見落としてしまうのではないかと危惧する。
そして、本報告の最も重要な問題提起となるが、19世紀末にはじまる初期福祉国家構想および構想に基づき実現した政策が、20世紀の〈障害者〉の労働からの排除にどのような役割を果たしたのかが、今後考察されなければならないだろう。特にウェッブ夫妻が所属したフェビアン協会およびその論争相手となった慈善組織協会が行った様々な社会調査と政策構想には注目していく必要があると考える。
*倫理的配慮
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