障害学会HOME
障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨
ここをクリックするとひらがなのルビがつきます。
ルビは自動的にふられるため、人名等に一部変換ミスが生じることがあります。あらかじめご了承ください。
飯守桂一 (いいもり けいいち) 大阪大学大学院文学研究科博士前期課程
■報告題目
障害と「モノ」をめぐる新たな移動論に向けて
■報告キーワード
アート / 共同体 / 漂泊
■報告要旨
障害のために移動が奪われること。そして障害のために移動が生じること。障害のある人びとは限定された空間に住み、移動を制限されつつも「漂泊」している。
障害のある人びとの移動という視点から歴史を追うと、そこには座敷牢や施設へ隔離収容される障害者像が想起される。移動を奪われた障害者像である。また戦後隆盛を見る施設福祉施策としてのコロニーへの保護・収容では、生まれた育った地からコロニーへの移動があった。それは強制的側面をもつともいえる「移住」であり、「転地(displacement)」(クリフォード2002)であった。これらのコロニーは通過点的空間である一方、永住を意味する空間でもあった。コロニーを通過点とする人びとは生活技術や社会性をそこで獲得し、実社会へと居住の場を移していった。そしてコロニーで永住を余儀なくされた人びとは「ディアスポラ」的移動を経験する「移住者」となった。コロニーへ永住した多くの人びとは移動を制限されたが、一部のコロニーでは「モノ」をつくることで移動を伴う生活形態が生み出された。それはコロニーにおける「ものづくり」によって生じた、居住空間と作業空間の分離した移動を伴う生活形態の萌芽であった。
一方、施設福祉から地域福祉への移行が進む近年においても、日本社会では定住と移動をめぐる様々な問題を抱えている。障害の重い人びとにとって、定住と移動は何を意味するのだろうか。定住とは施設空間への保護収容を意味し、移動とは住み慣れた地から施設への「移住」、もしくは住み慣れた地域内における施設間の移動を意味するだけだろうか。近年では障害のある人びとによる「アート」が認知され、彼ら・彼女らが作る「モノ」をめぐる移動が生れ始めている。本報告は、一つの事例として知的障害のあるY氏のエピソードを中心に、共同体間における「モノ」を介した新たな移動の形や意味についての考察を取り上げる。
近畿圏に住むY氏(1973年生まれ・男性)は、重度の知的障害と言葉を発することのできないコミュニケーション障害があり、長年住み慣れた地域で家族とともにくらしていたが、特別支援学校を卒業後は同じ地域内のグループホームで生活を送るようになる。現在Y氏は、平日グループホームから通所施設に通い、休日は実家で過ごす生活を送っている。Y氏は通所施設で主に絵画制作に取り組み、彼の作品は国内外において高い評価を得ている。このような生活形態により、Y氏は三つの共同体に属しているといえる。それは「施設共同体」、「家族共同体」、そして彼の作品に対する「価値」を共有する「アート共同体」である。彼はこの共同体間を「漂泊」するように移動している。
「アート共同体」における移動は、彼の作った「モノ(作品)」が各地を移動し、それを追うように彼も旅して移動する。2014年にはY氏の作品がフランスで展示され、2015年は東京で個展が開かれた。他にもこれまでに全国各地の美術館やギャラリーで彼の作品が展示され、移動を引き起こす誘因となった。またこれらの移動にはY氏や彼の作品に関わる様々な人びとも動員されていく。「アート共同体」によって生み出される移動は、地域を超え、国境を超える「旅」を可能にする。そしてY氏の作った「モノ」とともに、人びとの移動が生じることで彼の生きる空間も変容されていく。それは様々な場所において新しい文脈を構築し、「常識」や既存の価値観が問い直されていくことでもあるといえる。
参考文献
・クリフォード,ジェイムズ(2002)毛利嘉孝ほか訳、『ルーツ―20世紀後期の旅と翻訳』月曜社.
・藤澤三佳(2005)「「障害者」とアウトサイダー・アート―福祉・医療とアートの交差」宝月誠・進藤雄三編『社会的コントロールの現在―新たな社会的現在の構築をめざして』世界思想社.
・服部正(2009)「日本の福祉施設と芸術活動の現在―アウトサイダー・アートと障害者アートのはざまで 」藤田治彦編『芸術と福祉―アーティストとしての人間』大阪大学出版会.
・中谷和人(2009)「「アール・ブリュット/アウトサイダー・アート」をこえて―現代日本における障害のある人びとの芸術活動から」『文化人類学』74(2)、日本文化人類学会.
・アーリ,ジョン(2006)吉原直樹監訳『社会を超える社会学―移動・環境・シチズンシップ』法政大学出版局.
・アーリ,ジョン(2015)吉原直樹・伊藤嘉高訳『モビリティーズ―移動の社会学』作品社.
本研究報告にあたっては、研究の対象者であるY氏本人及びY氏のご家族、Y氏が所属すり施設の関係者に本研究内容を学会で報告することについて承諾をいただいた。Y氏、Y氏のご家族、施設関係者の皆様に改めて感謝したい。
>TOP
障害学会第12回大会(2015年度)
|