障害学会第11回大会(2014年度)

障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨


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矢吹康夫(やぶきやすお) 日本学術振興会

■報告題目

「戦い」は終焉を迎えたのか?――ユニークフェイス運動のジレンマ

■報告キーワード

ユニークフェイス、当事者運動

■報告原稿
yauki.doc(MS Word 97-2003ファイル)

■報告要旨

 疾患や外傷によって「ふつう」とは異なる容貌をもつ異形の人びとの苦しみは、医学的な問題に回収され、長らくの間、社会的には不可視化されてきた。日本において、彼/彼女たちの存在が初めて注目を集めたのは1999年である。同年、顔に単純性血管腫という赤あざをもつジャーナリストの石井政之が『顔面漂流記』(1999)を出版し、同時にセルフヘルプグループ「ユニークフェイス」が誕生した。ユニークフェイスは2002年にNPO法人格を取得し、以後精力的に運動を展開していったが、2000年代中頃から勢いを失っていった。

 2009年、それまでの約10年間の運動を反省的に振り返った論考のなかで、石井は失速の要因を次のように述べる。

 当事者たちは、社会運動への関心よりも、「自分は生きる価値がある人間なのか?」という人間としての根本的なアイデンティティの危機にある。そんな当事者たちがアグレッシブな活動についていくことはできない。(略)それなのに、私はNPO法人という組織建設の過程を社会との戦いと位置づけていた。戦うどころではない人の気持ちがわかっていなかったと、いまになって思う。(石井 2009: 196)

 好井裕明は、上記の石井自身による回顧を引きながら「ユニークフェイスの運動は、石井の構想どおりには展開せず、いったん終焉を迎え」たと評価する(好井 2014: 721)。現在、ユニークフェイスは休止状態にあり、「戦い」としてのユニークフェイス運動は終焉を迎えたと言えるのかもしれない。本報告では、石井が「社会との戦いと位置づけ」たユニークフェイス運動の検討をとおして、当事者運動が不可避的に招来する語りと沈黙とのジレンマに、ユニークフェイスがどのように向き合ったのかを明らかにする。

 ユニークフェイスは、「『見た目の違い』のある病気・状態の人をすべて受け入れて」いると自己定義して運動を展開しており(松本ほか編 2001: 9)、潜在的にその射程は限りなく広い。具体的にどんな症状が含まれるかは、その当事者性を主張した者勝ちという側面が強い。

 このため、当事者たちの経験も多様にならざるをえない。その際にユニークフェイスは、傷やあざの大きさ・範囲を比較したり、疾患ごとの特徴や男女の違いを強調することには慎重な態度を示し、個々人の主観的な経験を尊重した。また、ユニークフェイスは、「受容」や「克服」など「〈顔に病気があっても、がんばれば幸福になれる〉……そんなシンプルでハッピーなストーリー」は明確に拒絶する(石井 2004: 107)。メディアからの取材に応じ、人前で顔を出して語れる当事者はごく一部にすぎないとくり返し注意喚起したのは、語れる当事者の経験が規範的なモデル・ストーリーになり、語れない人びとを抑圧するのを危惧したからだろう。

 ユニークフェイスは、当事者同士の経験の共有を重視しながら、かといって誰もが共有できる典型的な問題を設定せず、何かしらの枠組みのなかに多様性を回収することを避けてきた。その背景には、専門家から「五体満足だから」「身体障害者と比べたらたいしたことはない」と言われて、問題が不可視化されてきたことへの警戒がある(藤井・石井編 2001: 79-80)。何かと比較して過小に評価され、沈黙させられてきたからこそ、当事者間の「重さ比べ」を自制し、個々の多様性を尊重した。そしてその態度は、いまだ沈黙を強いられている潜在的な当事者を切り捨てないためでもあった。

 しかし、彼/彼女たちの目的は、それまでまったく顧みられなかったユニークフェイス問題の可視化であり、差別を告発するために「強い主体」は語らねばならなかった。だがその戦略が、石井の語りをモデル・ストーリーとして規範化し、当事者たちを「克服」に駆り立てるという意図せざる結果を招いてしまった(西倉 2009: 274-8)。ユニークフェイス運動は、「戦うどころではない人」を沈黙させないよう留意しながら、一方で、沈黙を招来しかねない「強い言説」を語ることで「社会との戦い」を展開しなくてはならないというジレンマを常に内包していたのである。

参考文献
藤井輝明・石井政之編, 2001,『顔とトラウマ――医療・看護・教育における実践活動』かもがわ出版.
石井政之, 1999,『顔面漂流記――アザをもつジャーナリスト』かもがわ出版.
――――, 2009,「ユニークフェイス・レボリューション――見えない当事者を可視化する挑戦の軌跡」好井裕明編『排除と差別の社会学』有斐閣, 185-200.
松本学・石井政之・藤井輝明編, 2001,『知っていますか? ユニークフェイス一問一答』解放出版社.
西倉実季, 2009,『顔にあざのある女性たち――「問題経験の語り」の社会学』生活書院.
好井裕明, 2014,「分野別研究動向(差別)」『社会学評論』64(4): 711-26.



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