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障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨
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飯野 由里子 (いいの ゆりこ) 東京大学大学院
西倉 実季 (にしくら みき) 同志社大学
■報告題目
「複合的」が意味するもの--交差性概念に基づく「複合的な差別」の検討
■報告キーワード
複合的な差別 / フェミニズム / 交差性
■報告要旨
近年、とりわけ障害をもつ女性が経験する差別を語る文脈で、「複合的な差別」という言葉が多用されている。たとえば、障害者権利条約第6条「障害のある女性」では、「締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる」ことが明記されている。また、2013年6月に制定された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」においても、第8条の2に「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」と記された上、参議院による附帯決議の中では「障害女性や障害児に対する複合的な差別の現状を認識」する必要があるという意思が表明されている。
では、「複合的な差別」と述べられる時の「複合的」とは、具体的にいかなる状態を指し示しているのだろうか。もしそれが「二重(double)差別」「三重(triple)差別」とほぼ同義であるならば、そこでの「複合的」は、ある差別に別の差別が追加・付加されている状態を意味することになる。しかしこうした理解の仕方では「複合的な差別」の下にある人びとの複雑な状況を捉えることはできない。このことは、フェミニズム研究が1980年代から主張してきたことであり、そうした批判的省察の中から交差性(intersectionality)という概念が登場してきたことは広く知られている。
もとを辿れば交差性とは、キンバリー・クレンショー(1989)が黒人女性の雇用をめぐる問題を議論する際に用いた言葉であり、フェミニズム研究の主張する「性差別」が「白人の中産階級の女性」を念頭に概念化されてきたに過ぎないことを指摘する契機となった考え方である。その後、この考え方は、ポストコロニアル・フェミニズムの知見と結びつきながら、複数の社会制度の連動性とその効果に着目する視点として展開されていき、男性中心主義が人種主義や異性愛主義とどのように関連し合い、集団としての「女性」内部にどのような権力格差を生み出しているのかという問題を提起するとともに、さまざまに異なる状況に置かれた女性たちが抱える差異や独自性、矛盾を理解することを促してきた(Essed 1991; Avtar Brah & Ann Phoenix 2004; Nira Yuval-Davis 2006)。
本報告では、上記のようなフェミニズム研究の知見を活かしつつ、交差性概念に基づく「複合的な差別」の概念化を試みる。この作業を通して、障害にもとづく社会区分が他の社会区分(たとえば、ジェンダーや人種、階級、年齢)とどのように重なり合い、互いを補強し合い、その結果として、障害者の中でもどのような人びとがより不利な社会的位置に留め置かれることになるのかといった議論を深めていければと思う。
参考文献
Crenshaw, Kimberle. “Demarginalizing the Intersection of Race and Sex: A Black Feminist Critique of Antidiscrimination Doctrine, Feminist Theory and Antiracist Politics,” in The University of Chicago Legal Forum Volume: Feminism in the Law: Theory, Practice and Criticism, 1989, pp. 139?167.
Essed, Philomena. Understanding Everyday Racism: An Interdisciplinary Theory. NewBury Park: Sage, 1991.
Hassouneh-Phillips, Dena. & Mary Ann Curry. “Abuse of Women with Disabilities: State of the Science,” Rehabilitation Counseling Bulletin, 2002, 45(2), pp. 96-104.
Yuval-Davis, Nira, “Intersectionality and Feminist Politics,” European Journal of Women’s Studies, 2006, 13(3), pp. 193-209.
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