>HOME

「脱家族」をめぐって

土屋 葉(愛知大学)
障害学会第5回大会 於:熊本学園大学

◆要旨 

1970年代の日本における障害者自立生活運動において、家族や施設ではなく地域を生活の拠点とし、自らの生活について自ら決定するという意味での「自立生活」をめざすスローガン、「脱家族」、「脱施設」がとなえられたことは有名である。とくに前者に注目したい。

「脱家族」の主張において主題とされてきたのは、岡原正幸が指摘するように「家族内部の深い情緒的関係によって障害者と親が閉鎖的な空間を作らされてしまい、社会への窓口を失うこと」(岡原1995: 96)であった。ここで問題とされているのは、親をとおして障害者の上におおいかぶさってくる障害者への差別意識(否定的感情)だった。かれらはまた、社会が「家族愛」という価値を介して障害者の親に担わせる役割を批判した(石川1995: 39)。

「脱家族」が初めて主張されてから30年余経過した現在においても、――「(親からの)自立」という言葉に置き換えられることもあり、この現象自体も一つの主題になりうるのだが――、「脱家族」は家族と障害をもつ人の関係を論じるキーワードの一つであるといえるだろう。

ただし、「脱家族」の主張が仮想的としてきた「家族」が変容していることも指摘されている。たとえば近年、「子どもの権利」を主張する親たちの運動や、親の会の内部に子どもたち自身の活動や自己決定を重視する組織が誕生するなどの動きがみられる。10年以上前の、石川准による、親は「「障害児の親」に対する一般のステレオタイプ的イメージを脱しつつある」(石川1995: 40)、「これまでの障害者運動は親を過少評価しすぎてきたのではあるまいか」という指摘もある(石川1995: 56)。また中根成寿は、親たちが「脱家族」の主張を受け入れたことを前提としつつも、「脱家族論の「正しさ」の前に沈黙せざるを得なかった親の側からの論理」を描き、とりわけ知的障害をもつ親の、「脱家族」に「すんなり向かえない」姿を描き出している(中根2006: 6)。

一方で、国家が相変わらず家族・親を、障害者を「扶養する存在」として捉え、さらにこの間障害者への扶養義務を強化する施策が展開されるなかで、「将来を悲観した」親による子殺しの事件は後を絶たない(中根2006: 154)。「私たちは愛という言葉によって押さえられてきた。たとえば障害児がよく殺される。障害児殺しが行われればそれはすべて親の愛、やっぱり子供にとって生きているより死んだほうが幸せだという一方的な判断がなされるわけだよ。それでそれが――殺してやるのが――親の愛である。」(「『さようならCP』上映討論集」→横塚2007:171))という横塚晃一の言葉は決して過去のものではない。

さて、本報告の目的は、この「脱家族」の主張が日本固有のものであったのかについての検討を行うことである。要田洋江は「欧米の障害者解放運動(ノーマライゼーション、自立生活運動)では、「脱施設」を唱うのみであるのに対し、日本の場合「脱家族」が含まれている」、「つまり、「脱家族」という目標は、日本の障害者運動の特殊な状況なのである」と述べている(要田1999: 173-174)が、定藤丈弘はアメリカにおける「自立生活」の目標を「脱施設化志向」と「親もとからの独立生活の追求」であると説明し、「親の管理的保護は時には自立の大きな障壁ともなるから、成人になっての親からの独立は自立生活の根源的な動機ともなっている」(定藤1997)と指摘している。「脱家族」が日本的特殊性を有するものであるのかについては、さらに詳細な検討が必要だろう。とくにアメリカ、イギリス独自の社会背景を抑えたうえで、政策や運動が「家族」をどのように捉えてきたのかを、文献を通じて検討する。

家族(親)を国家のエージェントとして、障害者を「抑圧」する主体として捉える「脱家族」の主張をあらためて検討することにより、身近であり、かつ社会的存在でもある家族から「障害化」される/されてきた/されうる状況について考える端緒としたい。

 

■引用文献

石川准1995「障害児の親と新しい『親性』の誕生」井上真理子・大村英昭編『ファミリズムの再発見』世界思想社[25-59]

定藤丈弘1997「海外自立生活新事情--アメリカにおける障害者の自立生活運動と課題」『ノーマライゼーション 障害者の福祉』(17)[41-45]

中根成寿2006『知的障害者家族の臨床社会学――社会と家族でケアを分有するために』明石書店

岡原正幸1995「制度としての愛情――脱家族とは」安積遊歩他1995『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学(増補改訂版)』藤原書店[75-100]

要田洋江1999障害者差別の社会学――国家・家族・ジェンダー』岩波書店

横塚晃一1981→2007『母よ!殺すな』生活書院

UP:20081004


>HOME