>HOME スティグマ・偏見・差別へ挑む:精神科医療ユーザーへの心理的影響と当事者活動 ◆要旨 1.背景 「我邦十何萬ノ精神病者ハ實ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生レタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」(呉・樫田、1918) これは、精神科医の呉秀三が、1918年に日本の「精神病者」が置かれている状況について述べた言葉である。そして、この言葉は、90年経た現在も日本の精神科医療ユーザー注(以下、ユーザーと略す)が、置かれている状況を表している。日本におけるユーザーに対する偏見・差別は、根強く、日本の社会が、ユーザーの権利、そして人生における様々な機会を奪っている。 一つ、90年前と大きく違うのは、ユーザーが、その状況をただ黙って受け入れるのではなく、当事者グループを作り、状況を変えようとしている点である。仲間との出逢いをきっかけにして、当事者活動を通して、スティグマ・偏見・差別に挑んでいる。 昨年、国際連合の障害者権利条約に署名した日本にとって、ユーザーに対するスティグマ・偏見・差別への取り組みは、緊急の課題である。 2.目的、及び目標 ユーザーが、スティグマ・偏見・差別に挑むに当たって当事者グループがもつ意義を把握すると共に、当事者グループの力を活かしながらスティグマ・偏見・差別に立ち向かう方法を探ること、また、スティグマ・偏見・差別が、ユーザーに与える影響をユーザーの体験を通して理解することを目的とする。これらの目的を達成するために、以下の3つの目標を立てた。 1)スティグマ・偏見・差別に関するユーザーの体験や捉え方、その影響を把握する 2)スティグマ・偏見・差別への対処方法、アイデンティティの問題を明らかにする 3)当事者グループの力を活かしてスティグマ・偏見・差別に立ち向かう方法を探る 3.調査概要 1)方法 フォーカスグループインタビューと個別インタビューを行った。 (1)フォーカスグループインタビュー (平成19年7月実施) ユーザーに対するスティグマ・偏見・差別、及び当事者活動などをテーマにディスカッションを行った。 (2)個別インタビュー (平成19年8月実施) スティグマ・偏見・差別に関する体験、当事者活動などについて1対1で詳しく話を聴いた。 2)調査参加者 (1)精神科病院への入院経験があること、(2)精神科医療を利用しており、当事者活動に積極的に関わっていること、という2つの条件を設定した。 4.結果 1)スティグマ・偏見・差別に関する体験 精神科医療システム、法制度の中にある差別、社会の偏見が、調査参加者の人生における機会、希望などを奪っていた。 2)スティグマ・偏見・差別への対処と挑戦 社会の中にあるユーザーに対する否定的な見方、偏見・差別が、ユーザーの生活、そして考え方・感じ方に影響を与え、ユーザーであることに後ろめたさや劣等感などをもたらしていた。けれども、他のユーザー、当事者活動との出逢いが、ユーザーに生きる意味、勇気、自信、希望などをもたらし、スティグマ・偏見・差別へ立ち向かう力を与えていた。 3)ユーザーの力の活用 スティグマ・偏見・差別へ挑むにあたり、当事者グループは、「個人支援」「教育」「運動」の分野で、独自の役割を担っていた。けれども、資金の不足などが、その力を充分に活かすことを阻んでいた。 5.発表 小規模の調査の結果をもとに、スティグマ・偏見・差別に関するユーザーの体験、スティグマ・偏見・差別への取り組みにおける当事者グループの独自の役割、ユーザーの力を活かしながら、スティグマ・偏見・差別へ取り組むにあたっての課題などについて報告する。 注)‘精神疾患’の診断を受けた人の呼び方には、「患者」「精神障害者」「当事者」「ユーザー」「利用者」「コンシューマー」「サバイバー」などが存在し、それぞれの言葉には、考え方や立場が関係している。‘障害者施策’においては、「精神障害者」が用いられるが、「精神障害者」では、社会が「障害」(ディスアビィリティ)を作り出していると考える社会モデルの視点が抜けてしまうと思われる。そこで、それぞれの言葉について検討した結果、本稿では、精神科医療を使っている人という意味で、「精神科医療ユーザー」を用いることにした。 文献 呉 秀三、樫田五郎(1918)『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』、精神医学・神経学古典刊行会、「精神医学古典叢書」(新版)創造出版、2000年
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