障害学会第5回大会 分科会自由報告 2008年10月25日 於:熊本学園大学 障害女性の働くことと生きることをめぐる諸問題 ―障害×ジェンダー×労働の視点から 瀬山紀子・臼井久実子 東京大学 大学院経済学研究科 READ(経済と障害の研究) 特任研究員 構成 1 課題意識と報告の目的 2 障害女性がおかれている位置 2−1 二市の障害者の生活実態調査から 2-1-1 就労状況と収入について 2-1-2 所得と家族構成について 2−2 厚生労働省調査を再集計した雇用統計から 3 障害と労働・女性と労働の蓄積から 3−1 障害と労働についての思想と実践 3-1-1 政策の枠組み 3-1-2 「働けない」人も尊厳をもって生きる権利があるということ 3-1-3 「働きたい」人が障害ゆえに妨げられず必要なサポートをえて働く権利があるということ 3-1-4 「働かない」ことも保障されるようにするということ 3−2 女性と労働についての思想と実践 3-2-1 経済的ちから関係を生み出す構造の問題化 3-2-2 働いて稼ぐことのなかでの問題 4 まとめと課題 5 註 6 参考文献 グラフ 1 福祉的就労を除いた「仕事あり」の率 グラフ 2 非就労の理由に「家事」をあげる人の割合 グラフ 3 就労による年間収入(障害者は福祉的就労を含む) グラフ 4 単身世帯の年間所得の平均 グラフ 5 労働時間(週間) グラフ 6 雇用身分 グラフ 7 平均賃金(身体障害) 表 1 本人の平均年間所得 表 2 定位家族の本人の年間所得 表 3 生殖家族の本人の年間所得 引用開始 一般的に労働とは、「生計を維持するため」に行うものだ。私たち障害者を苦しめる「働かざる者、食うべからず」という言葉は、そこから生まれたものと思われる。 しかし、基本的に人間は「生産力があるか否か」「労働可能か否か」に拠るのではなく、無条件に「生きること」が保障されなければならないはずだ。いい換えれば、「生きるため」に必要な金は、「労働に依って」ではなく、生きているという事実のもとに、無条件に保障されるべきなのだ。その前提のもとで、個々人の能力に応じて、可能なかたちで労働に参加すればいい。本来、「生計を維持するための金」と「労働」とは、切り離されるべきなのだと思う。 私たち障害者は、生産性を求める労働には乗り切れないと開き直った後、ほんとうに自分たちのやりたいこと、必要なことを通して社会参加の場を創りだしてきた。そして「生計維持のための金」(この部分が生活保護であることの是非や、年金額の低さ等、問題は山積みだが)は、別のところから支給されている。 私はむしろこのかたちが一般社会に広がってほしいと思う。 そしてまた、私たちの「社会参加」を「労働」として位置づけていくためには、「労働」そのものの価値観も変らなければならない。 (堤愛子[1991:295−296]) 親には「障害があるから結婚は無理。だから、手に職を」と育てられたんだけど、「男に捨てられたときのために手に職を」が、私の親の口癖で、私は、「たとえ自分が相手を捨てることはあっても、自分は捨てられない!」と反発していて、「仕事も結婚も子育てもしてやる!」って思っていた。 「結婚とか子育てはだめ」という決めつけは嫌だったけど、「自分で生きていく」という考えが育てられたのはよかったかな。そういう育て方は、ある意味障害者への差別意識の裏返しでもあるけど、「性別役割分業の考え方に縛られず、自由な発想をもてた」という意味ではすごくよかったと思っている。 CIL運動の中で、ピアカンや介助派遣が制度化され、ヘルパー事業所の運営など制度上の仕事を一杯やるようになって、みんな、しんどくなっていると思う。もともとは、障害もった人がそのままで、障害をもって生きてきたことをキャリアにできる、「障害者だからこそできる仕事」をつくるということが、CILの活動の大きな魅力だった。でも今は、事務量が半端じゃないし、働き方についても否応なく「健常者なみ」が求められる。どうしたらCILを、自分の身体にやさしい働き方ができる職場、女性障害者がありのままにいられるような職場にしていけるかが大きな課題。 一番難しいのは、「はたらく場、日中活動」の共有で、それが最後のとりでかなと思っているんだよね。 (堤愛子[2007:41,43−44]) 引用終了 1 課題意識と報告の目的  <働く・働けない・働かない>ことに関わる問題は、働くことでお金を得ることが前提とされ、さらに、お金をもつことが生活を維持することを意味する社会にあっては、人が尊厳をもって生活できるか、という課題と直結する問題だ。こうした問題は、とりわけ、今の社会のなかで、不安定な立場に立たされやすい女性や障害がある人にとって、切実な問題であり続けてきた。  こうした問題に対して、全身性障害者たちによって担われた日本の1970年代からの障害者運動は、初期から問題提起をしてきた運動のひとつだ。また、女性運動や、フェミニスト経済学をはじめとする女性労働研究の分野も、性別役割分業に基づくジェンダー非対称な社会の構造や、そうした構造によってうまれる格差を問題にし、これまでの<働くこと>をめぐる制度や政策を、ジェンダーの視点から考察する研究として成立してきた。  これら二つの思想・実践は、ともに、現在の壮年の健常者男性を中心とした社会経済構造、労働のあり方や労働環境のあり方を問題化し、現状とは異なる働き方、制度、システム等を模索してきたということができる。しかし、障害者運動の思想や実践と、女性労働研究は、交差する問題意識や対象をもちながらも、相互の結びつきはほとんどなく、特に、障害と女性という二つの属性が複合的に重なり合う障害女性の抱える現状の問題についての考察や研究は、これまでになされてこなかったといえる。  私たちは、それぞれの人が、障害の有無や性別にかかわらず、一定の安定を得て、尊厳が保障された状況で、社会と関わりながら暮らす生活を展望するために必要なことはなにか、を考える入り口の作業として、はじめに、現在の社会のなかで構造的に不安定な位置に置かれやすい障害女性の抱える現状、特に経済的な問題を明らかにすると共に、これまでの労働に関する障害者と女性の思想と実践を振り返り、障害女性の働くことと生きることをめぐる諸問題と課題を提示していきたい。 2 障害女性がおかれている位置  働くことをめぐる障害女性の現状については、把握すること自体が困難だ。政府統計において性別集計が示されているのは、障害別×性別のクロス集計の箇所のみで、各項目についての性別に着目した集計や分析はおこなわれていない。  そこで、以下では、「障害者生活実態調査」(2005−2006年度、東京都稲城市と静岡県富士市の二市において調査、主任研究者 勝又幸子)、および、「障害者雇用実態調査(2003年 厚生労働省)」の再集計版「日本の障害者雇用の現状」(障害者職業総合センター)をもとに、現状で明らかになる範囲で、調査統計からみた障害女性の働くことをめぐる実情について示してみたい。 2−1 二市の障害者の生活実態調査から 「障害者生活実態調査」は「障害者がその障害の種類や程度、また年齢や世帯状況、地域の違いにかかわらず、個人が人として尊厳をもって地域社会で安心した生活がおくれるようになるために必要な支援はなにか、その支援を続けるためにはどのような制度が必要なのかを検討するための基礎データを得ること」を目的に、「就労・家計・生活時間の3つの分野について、一般の人々との比較を念頭において分析」されている調査だ(勝又・他[2008:3-4])。この調査は、性別集計を含み、ジェンダーの視点からの分析も加えられている希少な調査である。  以下では、その中で、特に性別に関わるデータを取り出し、可能なものは一般との比較ができるかたちでグラフ化を試みた。 2-1-1 就労状況と収入について  調査は、2005年度に稲城市、2006年度に富士市で実施された。稲城市+富士市で159人が分析対象(身体87、知的23、精神40、重複9)、うち女性は67人(全体の42.1%)。調査対象者の年齢は、18歳以上−65歳未満。対象者は協力の承諾があった障害者手帳所持者および、社協や共同作業所の施設利用者である。「一般」との比較には総務省「就業構造基本調査2002年実施版」が使用されている。調査者は遠山真世さん、主任研究者 勝又幸子さん。 グラフ 1 福祉的就労を除いた「仕事あり」の率  調査報告書37頁表5と39頁表10より数値を抽出し作成 小表 仕事あり(%) 一般男性,89.3 一般女性,64.9 障害男性,42.4 障害女性,28.4 大表 ,A−B 福祉的就労を除いた「仕事あり」,(A−B)/E (%),A 仕事あり,B 福祉的就労,C 常用雇用,C/E (%),E 全数 一般男性,,89.3%,,,,77.8%, 一般女性,,64.9%,,,,66.8%, 障害男性,39,42.4%,60,21,19,20.7%,92 障害女性,19,28.4%,33,14,6,9.0%,67 障害男性、女性共に、福祉的就労を除いた就労の割合は低いが、中でも、障害女性の低さが目立つ。 障害者は「福祉的就労」の範疇の人が多いので、「福祉的就労」というものがない一般との比較のために、「A 仕事あり」の中から「B 福祉的就労」を除いた。「A 仕事あり」の中には、ほかに「自営業主」「臨時、日雇い」などが含まれているが、上の表は細目の記載を省略している。 グラフ 2 非就労の理由に「家事」をあげる人の割合 調査報告書44頁 表21より数値を抽出し作成 非就労理由「家事」(%) 一般男性,3.9 一般女性,84.3 障害男性,6.5 障害女性,33.3 非就労の理由に家事をあげる人は、一般女性で84.3%。障害女性も、33.3%となっている。 グラフ 3 就労による年間収入(障害者は福祉的就労を含む) 調査報告書41頁・表15より数値を抽出し一部を合算して作成  単位:% 就労による年収(障害者は福祉的就労を含む),,,,単位:% ,0-50万未満,50-99万,100-199万,200-499万,500-999万,1000万以上 障害女性,52.2 ,21.7,8.7 ,13.0 ,4.3 ,0.0 障害男性,35.3 ,7.8,17.6 ,27.5 ,9.8 ,2.0 一般女性,5.6 ,21.5,26.5 ,37.5 ,7.7 ,0.3 一般男性,1.1 ,1.9 ,6.5 ,48.0 ,35.7 ,5.7  障害男性・女性ともに一般と比べた年収の低さが明らかで、その中でも99万円未満が73.9%という障害女性の位置が目立つ。年収50万円未満で見ると障害女性の52.2%、障害男性の35.3%が該当する。 「福祉的就労」の平均年収は11.9万円 2-1-2 所得と家族構成について  地域と年度は2-1-1と同じ。稲城市+富士市での実態調査から所得収入状況が記入された中で、極端な高額所得者を除く、203名分が分析対象。女性の割合は約44%。所得には、賃金、工賃、年金、手当などが全て含まれる。なお、障害基礎年金を受給している人は、対象のうち半数にあたる。所属の家族は、生殖家族(子どもを産み育てることを軸につくられた家族)が約1/2、定位家族(生まれおちた家族)が約1/4、単身世帯が15%を占めている。「一般」は「全国消費実態調査2004」(総務省)による。調査者は土屋葉さん、主任研究者 勝又幸子さん。 グラフ 4 単身世帯の年間所得の平均 調査報告書81頁・表18をもとに作成 単身世帯の年間所得(万円) 一般男性,409.40 一般女性,270.40 障害男性,181.39 障害女性,92.00 表 1 本人の平均年間所得 調査報告書75頁・表13から数値を抽出して作成 障害男性 219.4万円 障害女性 111.7万円 ←女性は男性の50.1% 表 2 定位家族の本人の年間所得 調査報告書77頁・表16から数値を抽出して作成 障害男性 108.12万円 障害女性 90.00万円 表 3 生殖家族の本人の年間所得 調査報告書77頁・表16から数値を抽出して作成 障害男性 342.26万円 障害女性 120.70万円 ←女性は男性の35.3% 2−2 厚生労働省調査を再集計した雇用統計から  次に見るのは、厚生労働省の「障害者雇用実態調査(2003年)」を再集計した、「日本の障害者雇用の現状」(略記:NIVR38)をもとに、抽出したもの。「障害者雇用実態調査」報告には性別による集計はないため、「NIVR38」によって、はじめて性別による集計が明らかになった。ここでは、「NIVR38」のデータをもとに、特に性別と年代に着目し、身体・知的・精神の三障害の平均値を出して、グラフ化を試みている。なお、「障害者雇用実態調査」は、従業員5人以上の7千事業所をサンプル調査したもので(回収率71.5%)、回答事業所の約15%が障害者を常用雇用している。その常用雇用されている障害者のなかで女性は37%にあたる。回答事業所の84.9%は従業員30人未満なので比較的小規模である。 グラフ 5 労働時間(週間) NIVR38  124頁5表、186頁2表、210頁2表より数値を抽出のうえ平均値を計算して作成 単位% ,,30時間以上,20-30時間,20時間未満,不明 男,29歳以下,96.9 ,0.8 ,0.2 ,2.2 ,30-49歳,87.3 ,3.1 ,0.2 ,9.4 ,50歳以上,70.2 ,10.4 ,7.6 ,14.3 女,29歳以下,89.5 ,6.0 ,1.2 ,3.3 ,30-49歳,74.8 ,8.9 ,0.4 ,15.9 ,50歳以上,45.4 ,27.1 ,28.9 ,8.3 グラフ5のとおり、49歳以下の年代では労働時間は、性別により大差があるという状況ではない。 グラフ 6 雇用身分 NIVR38  124頁5表、186頁2表、210頁2表より数値を抽出のうえ平均値を計算して作成 単位% ,,正社員,準社員・嘱託,その他 男,29歳以下,60.5,29.1,10.4 ,30-49歳,67.6,28.3,4.1 ,50歳以上,66.1 ,15.9 ,18.0 女,29歳以下,24.5 ,33.5 ,42.0 ,30-49歳,59.3,24.9,15.8 ,50歳以上,36.6 ,52.4 ,11.1 グラフ5の労働時間とグラフ6の雇用身分とを対比すると、障害女性の正社員率はどの年代でも障害男性より低く、それにもかかわらず労働時間は長いことがわかる。特に29歳以下は、障害男性の正社員率60.5%に対し障害女性の正社員率24.5%と著しく低く、対比がきわだっている。 グラフ 7 平均賃金(身体障害) NIVR38  124頁5表(身体障害)より数値を抽出して作成 ,,賃金(単位 千円) 男,29歳以下,187.9 ,30-49歳,280.7 ,50歳以上,292.8 女,29歳以下,174.2 ,30-49歳,163.9 ,50歳以上,159.7  平均賃金(平成15年11月のきまって支給する給与)をみると、身体障害女性の平均賃金は身体障害男性の賃金の73%で、男性は年齢階層が上がるに従い急増するのに対して、女性は、逆に漸減している。  ただし注意すべきこととして、この調査は、従業員5人以上の事業所にて常用雇用で働いている人のみが対象であり、常用雇用に該当しない人や、零細事業所や、いわゆる「福祉的就労」は対象外のため、障害がある人の就労についての全般的な状況を反映したものとはいえない。 3 障害と労働・女性と労働の蓄積から  ここからは、すでにみてきたような障害女性がおかれている不安定で極端に限定された社会経済的な状況の背景を捉え、そうした状況を改善していくための糸口を探るために、互いに、現在の社会のなかで不安定な位置に立たされやすいという立場ゆえに、<働く・働かない・働けない>といった問題を切実な問題と捉え、さまざまな議論や実践を重ねてきた、障害者(運動)および女性のこれまでの試行錯誤や議論の経過を振り返るとともに、そうした試行錯誤の結果としてある現状とそこでの課題をみていくことにしたい。 3−1 障害と労働についての思想と実践 3-1-1 政策の枠組み  障害者に対する国の政策は、1949年に「身体障害者福祉法」が制定されるまで、傷痍軍人のみを対象としており、障害者が生きること働くことを支える社会保障制度自体がなかった。  そうした状況で、まず生きるために、身体障害者であれば「手に職をつけて」縫製、理容師や美容師、ハンコやなど「自営」で生計をたてることが目標となるような構造が長らく続いた。同じころ、知的障害者は「職親制度(註1)」などもあり、商店や零細事業所に住み込みで働くことがみられた。  1950年代以降の高度経済成長には、障害の治療や身辺自立訓練を目的とする病院や施設への障害者の分離・隔離政策がとられていく。そこでは、「身辺自立」のうえで手に職をつける「職業的自立」と、その先に、自分で稼いで生活する「経済的自立」があり、そうした自立を訓練によって身につけることが目指されていった。こうした構図のなかで、治療も身辺自立も困難とみなされた多数の人は、在宅に放置されるか、施設へ隔離される状態となっていた。  1970年代には、入所生活施設に続いて授産施設が、「訓練して就職へ」という狙いのもとに増設された。しかし、就職という出口がない中で、授産施設は飽和、その結果、就職も進学も閉ざされている人の行き先として1980年代以降に無認可作業所が急増した。こうした中で、「一般雇用」は無理とあらかじめみなされた人は、授産施設、作業所などの「福祉的就労」のレールにのせられていく。こうした福祉的就労は、労働実態がある障害者の働き手を、「訓練」の名目で極端に低い工賃にとどめおく制度を作りだしていった。  一方の一般雇用に関わる障害者雇用制度は、1960年に制定された障害者雇用促進法を発端とする。この制度は、常用雇用労働者の2%前後(率は2008年現在)の障害者を雇用することを雇用主に割り当てる制度で、1976年から現在の仕組みに近いものになった。この制度は、率だけで雇用の質は問わない制度で、たとえば最低賃金適用除外(註2)が現在も存続していることからもわかるように、障害者の労働権を保障する制度とはいえないばかりか、納付金(註3)を支払えば雇用率達成の目標を免除されるというものだ。そのため、民間企業の場合、未達成割合が2007年の時点で56.2%。障害者雇用制度で「雇用されている障害者の実数」で雇用率を計算すると、記録で確認できる1993年以降、1.1%前後で推移している。  上記のように、障害者に関わる国の政策は、「身辺自立」と「職業的自立」をめざし可能な限り働くことを大前提とし、一方で、「訓練して就職」することや、「福祉的就労」を進め、一方で、「一般雇用」を進めるよう、企業に努力を促すものとして行われてきた。ここでは、あくまでも生存と就労が強く結び付いている社会構造は前提とされ、「身辺自立」や「職業的自立」は、誰もが目指すべき目標となり、それらを目指せない人や目指さない人は、存在しないことになってきたと言える。  以下では、上述の構造とは異なるものを構想してきた障害当事者による自立生活運動が、生きること働くことをどのように考え、これまでとりくんできているかをみていきたい。 3-1-2 「働けない」人も尊厳をもって生きる権利があるということ  1970年代、「身辺自立」や「職業的自立」が無理とされるような重い障害や病気がある人も、日常生活介助をはじめとした必要な介助や援助をえて、人間としての尊厳をもって、そのままの姿で生きる権利があるという思想を基に、障害者自立生活運動がスタートした。  この当時、運動の中心的役割を果たした青い芝の会の横塚晃一は、障害者が近親に殺される事件があとをたたないことは、「生産第一主義の現社会」のなかで「採算ベースにのらない」重い障害をもつ人が「本来あってはならない存在」とされている構造ゆえであり、その構造は、「働かざる者人に非ず」という社会風潮を背景にしたものだという先鋭的な問題提起を行っている。(横塚[1974=2007:94-100])。  こうした運動のなかから、在宅や病院や施設のなかでただ生かされるような生活ではなく、地域社会のなかで、本人の意思による自立した生活を望む人たちが出現し、そうした人たちが家や施設から出ることをサポートする運動もおこなわれていく。そしてその中で、特に日常生活に介助が必要な人たちの生活に必要不可欠な他人介助の獲得が課題とされ、その制度化がめざされていく。同時に、働いて稼ぐのではない生活のなかで、住宅費をはじめとする生活全般に必要なお金をどうするか、ということも問題になっていき、必要最低限のお金は生活保護を申請することで賄う方法がとられていった。相対的に介助保障制度に対する取り組みと比べて所得保障制度への取り組みの遅れがあったが、1986年には、国民年金の障害者基礎年金制度が創設され、障害者の一部を対象とする無拠出の所得保障制度はできた。ただ、この制度は、所得保障の水準としては十分なものとはなっておらず、無年金障害者も多数存在しているという問題が残っている。 3-1-3 「働きたい」人が障害ゆえに妨げられず必要なサポートをえて働く権利があるということ  障害者自立生活運動は、「身辺自立」や「経済的自立」が無理とみなされ「働けない」とされた障害者が、生存権を主張した運動だったが、自立生活運動の流れのなかには、「働く」ことを追及していく流れも同時に存在した。そうした流れは、既存の社会(労働市場)からの排除を問題にし、そこへの参加を求めてきた人たちにとっての必然的なテーマであり、さらに、介助をつけて自立生活を営む人たちの自立後の生活の幅を広げていくという目標とも重なった。また、実際に所得保障が十分ではないなかでは、「働いて生きていくほか道はない」という状況も続いており、その意味でも、「働くこと」は切実な問題であり続けた。  そうした流れのなかから、1970年代から80年代にかけて、日常的にぶつかる障害を理由とする受験や採用の拒否といった直接差別に対して、とくに雇用率が低い大企業や官公庁に率先した雇用を求める「職よこせ」運動が取り組まれた。また、1990年前後には、職業安定所が障害者の求職登録も拒否しがちな状況に対し、潜在的な求職希望者に求職登録をよびかけ、職業安定所の点検行動をする継続したキャンペーンもおこなわれた。  また、1980年代には、作業所や授産施設のなかからも、工賃が極めて安い下請け内職から脱して、さまざまな得意・不得意やコンディションの波のある人が分担しながらできる仕事、かつ、生活ができる収入がえられる仕事を獲得しよう、という動きも高まり、パン、クッキーや、せっけんの製造販売といった業種が選ばれ各地に広がっていった。そうした場のなかでは、障害がある人・ない人を含めた就業者の収入の分配をどうするかも大きなテーマとなり、かかわる全員の所得と事業収入を集中して、食べていけない人がいないように公正な配分をする試みもあった。  こうした作業所や授産施設を拠点とする活動は、障害のある個々人が「必要なサポートを得て働く」事例を一般雇用のなかにも広げていく先例となり、それを支える制度のありかたも課題化されてきた。また、90年代以降、全国に広まっていった障害者自立生活センターも、介助派遣事業とピアカウンセリングなどを柱とする事業所として急速に成長し、障害者が働く場になっていった。  また、法制度の面から、障害者の就業機会をせばめてきた障害者欠格条項の問題も、1998年あたりから問題化し、障害者をあらかじめ排除する法制度は見直しがなされてきた。さらに、現在は、障害者権利条約も背景に、情報アクセス・コミュニケーション保障も含めた補助者・補助手段の確保や環境の調整、合理的配慮の獲得といった課題が、取り組まれるようになってきている。 3-1-4 「働かない」ことも保障されるようにするということ  「働けない」人たちの生存権と、それでも「働く」ことをめざし、働き方や働く場を変えていこうとした取り組みのほかに、「働かない」ことの保障ということもあげておきたい。  障害のある心身をもつ人は、もし「働ける」としても、既存の雇用環境を前提として「健常者と同じように、健常者なみに働く」のでは、無理を重ねたうえに健康をひどく損なう、という経験を繰り返してきた。そのなかで、一方的な「努力」や過大な無理をしなければ生きていけないような社会一般のあり方こそ、見直しが必要、という思想がつくられてきた。そして、個々人の状況や考えによって、一般労働市場で働かないことを選択するということも行われてきた。<働く・働けない・働かない>のいずれにも優劣順位をつけずに、最低限の所得保障と介助・援助をうけて生活していけるようにすること、生存権と<働く・働けない・働かない>ことは別なこととして考える発想を基盤にしていた。 3−2 女性と労働についての思想と実践 3-2-1 経済的ちから関係を生み出す構造の問題化  女性と労働については、既に、「女性の多くが経済的基盤を持つことができず、不安定な立場に立たされやすく、私生活領域における自由を行使できない」という構造の解明と、それを乗り越えていく課題についての、フェミニスト経済学や女性労働問題研究、また女性労働運動といった多方面からの厚みをもった議論と取り組みが行われてきた。  フェミニスト経済学による、アンペイド・ワーク論は、そうした議論の一つだ。アンペイド・ワーク論は、市場での支払われる労働に従事していないために経済的に不安定な立場に立たされている女性が、市場の外=家庭のなかで、継続的で長時間の無償労働(アンペイド・ワーク)に従事してきた、ということに着目し、市場での男性の<働き>は支払われ、市場外での女性の<働き>は支払われていないという構造を解明していく。  このことは、既存の経済構造が、男女の経済格差の問題を棚上げにしたまま、ペイド・ワークを行う一家の稼ぎ手となる夫と、夫に扶養されるという立場で子育てをはじめとするアンペイド・ワークを行う妻という男女のペアによる性役割分業を基盤とする近代家族を必要とし、制度面でもそれを維持、強化してきたことを浮かび上がらせた。  こうした分析を受けて、国際的にも、男女の賃金格差を生み出しているアンペイド・ワークをどう評価し、アンペイド・ワークの担い手(多くは女性)の社会保障をどのように位置づけることができるか、さらには、これまでアンペイド・ワークの領域だったケア労働を社会化していくとしたら、それはどのように可能か、ということが議論されてきた。  ただし、日本では、アンペイド・ワークの賃金換算といった試みがある一方で、夫の被扶養者になることで、妻及び世帯が、経済的メリットを得るといった世帯単位の税制、社会保険制度が存続している。 3-2-2 働いて稼ぐことのなかでの問題  男女雇用機会均等法以後、女性は市場へ参入し、市場のなかでの男女平等(同一価値労働同一賃金)を訴えてきた。しかし、市場労働の標準的労働者モデルは、一家の稼ぎ手としての男性におかれるという構造は存続し、市場での働き手は、家事労働やケア労働を自分以外の他者(妻の立場にある人や、場合によっては、母親の立場にある人)にゆだねることができる労働者とみなすという状況が続いてきた。そのため、長時間労働が常態化し、子育てをしながら働く女性は、家事労働と市場での労働の二重負担を負うことになった。  また、一度、雇用労働者になった女性が、結婚や出産、子育てを理由に、離職を選択するという状況も続いている。彼女らの多くは、再び働きはじめるときには、非正規雇用を選択せざるをえない。こうした現実は、現在、パートタイム労働の9割、派遣労働の6割は女性が占めているということからも明らかだと言える。また、結婚して世帯を形成している女性の多くは、課税最低限で働くほうが家計全体にとってプラスになるという判断から、低賃金労働やパートタイム労働に従事することを選んでいるという状況もある。こうしたことによって、女性が多く働く職種(たとえばヘルパーといった職種)は、低賃金であることが常態化するといった事態も見られる。  ただし、90年代以降、非正規不安定雇用・就労の問題は、男性にも広がり、一家の稼ぎ手として男性が家族賃金を得て働くことが前提とされず、男女が共に低賃金不安定就労を行うといった事態がみられるようになっている。そうしたなかで、これまで、女性が担ってきた家事労働、なかでも、子育てや介護といったケアワークを、誰がどのように担うのか、ということが大きな課題として日本のなかでも位置付けられつつある。  そのなかで、従来、家で、妻や母が担ってきたケアを、公共社会サービス等に外部化していくという方向や、どの人も、仕事と同時に、ケアを担う権利をもつものと捉え、長時間労働といったケアすることを前提としない働き方ではなく、ケアに関わる時間を確保することができる働き方に、働き方そのものを変更していくという方向が検討されるに至っている。 4 まとめと課題  現在でも日本の女性の多くは、自分以外の他者に経済的な依存をするか、または低所得のままで不安定な生活をするという仕方で、日々の暮らしを成立させている。女性は、働いて賃金を得たとしても、生涯にわたって自立した生活ができる賃金は保障されないで当たり前なポジションにおかれてきたといえる。こうした状況は「女性の貧困」という言葉を得て、現在、問題化してきている。  なお、報告者が行っている「障害女性とジェンダーに関する聞き取り調査」の中で、年代をこえて「障害があるから結婚できない。だから、手に職を」と親や学校の先生に言われて育ったという語りがきかれた。こうした経験は、障害がない女性が「いずれは結婚する」とみなされ、現在もそうした状況が続いていることを逆照射する語りでもある。 「女性の貧困」は、ケアワーク(=自分自身のケアをふくむ労働力の再生産機能)を女性にゆだねる壮年男性労働者が、労働市場での働き手のモデルとされてきたことと不可分の問題である。壮年男性労働者をモデルとした<労働>のありかたは、障害がある人の労働市場からの排除の背景ともなっている。  「障害者の貧困」は、「女性の貧困」以上に、あたりまえのことのように見なされ、その実相に迫るデータは乏しいまま、等閑視されてきたといえる。有業率・就労による年間収入・単身世帯の年間所得をみると、そのいずれにおいても障害男性は一般女性より低く、さらに障害女性は障害男性より大幅に低いという状況で、障害者全体が、社会経済構造のなかで低位置に置かれていることは明らかだ。  障害当事者運動は、<労働>と生存権とを分け、生存権を基本に据えて、所得および介助の社会保障の必要性を訴え、長年かけて制度化させてきた部分がある。しかし介助保障制度は、現在の自立支援法成立以後もその問題が繰り返しいわれているように、まったく十分な生活を保障するものとはなっていない。また、社会のなかでケアワークが低賃金労働に位置づけられており、その担い手の多くは女性という構造も続いている。その中で、いまなお多くの障害者は、食事やトイレといった生存の基本さえ、本人の意思を反映しにくい状況におかれている。社会生活を送る上で必要不可欠な情報保障は、いまだに、制度として確立していない。また、現在の生活保護制度や、年金・手当といった所得保障制度は、最低限の生活を保障し、個人が安定して生活することを可能にするものとはなっていない。  本報告で用いたデータから、障害者の社会的経済的な状況は、性別によって大きく異なることが認められた。障害女性の正社員率は低く、年齢が高い層を除いて労働時間は正社員なみに長く、収入は一般の男性・女性および障害男性に比べて極端に低い。こうしたデータは、「女性」と「障害者」という属性を併せ持つ「障害女性」が構造的に不安定な立場におかれていることを明らかにしている。しかし、「障害女性の貧困」の問題は、現在まで、ほとんど問題化されてこなかった。障害女性は他の世帯員に経済的に依存することが前提で、自らの生活を築くだけの基盤をもつことが極めて困難な位置にあっても当然な存在として、見過ごされてきたといえるだろう。  すでに見てきたように、障害女性の置かれている構造的に不安定な位置についての研究は、まだはじまったばかりだ。その理由の一つは、政府統計をはじめとする障害者に関わる統計が、性別区分を設けていないことによっている。こうした状況が、課題をさらに不可視的なものにしている。各項目の性別集計を含む基礎データ(註4)が示されるべきだろう。  ただし、今回みてきたような「障害女性」という括りでの分析は、「障害女性」のなかの差異や格差、ニーズの異なりをみえなくしてしまうという問題も同時にある。その意味で、今後、さらにインタビュー調査を含めた多層的な研究を重ね、「障害女性」の置かれている位置や、そこでの経験をより深くみていくことも課題となる。  障害女性たちをめぐる課題は、社会に構造的に埋め込まれた性差別の問題を明らかにしてきた女性たちの取り組みと、生存権や自立の意味の転換を促してきた障害者運動の二つの視点が交差する位置から、あらためて、<働く・働けない・働かない>という問題と、<社会とかかわって尊厳をもって生きる>という課題を結びつける必要を提起している。このことは、身体生理のリズムや妊娠出産の時期をもつことがある女性や、<働けない>子どもや高齢者にも切実な課題であるだけでなく、長時間労働が問題となっている壮年男性を含む、社会構成員が、必要な社会保障をえて安心して暮らせる社会のビジョンにもつながる。 5 註 註1 職親制度(知的障害者福祉法16条)」、職親宅に住み込みで職業指導として零細小規模の事業所などで働くことを推進する制度があった。職業指導部分は2005年で廃止。 註2 最低賃金法8条。「精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者」について、使用者が都道府県労働局長の許可を受けたときは、5条「最低賃金以上の賃金を支払わなければならない」を適用しないとするもの。申請のほとんどは許可されている実態がある。サポート環境によっても大きく変わる「労働能力」を個人単位で固定的に捉え「障害」と結びつけて評価することが公正に反することが、従来から問題になっている。 註3 「納付金制度により雇用に伴う企業間の経済的負担のアンバランスを調整するとともに、各種の助成金を支給して障害者雇用を促進」として、1976年に雇用不足障害者数ひとりあたり3万円からスタート、2008年現在は5万円。「雇用義務化」とも説明されてきたが、民間の未達成事業所割合は長年、50%前後で推移して漸増傾向にあり、納付金の累積剰余金は2005年に464億円にのぼっている。雇わない事業所からの納付金を財源に雇う事業所を助成するというありかたの根本的な矛盾も従来から指摘されてきた。 註4 日本政府は、女性差別撤廃条約実施状況について、「障害をもつ女性に対しても男性に対してと同様に、全員参加の社会づくりを目指して総合的な施策を推進している」と、毎回、似通った報告を出していおり、障害女性が独自のニーズをもつ集団であるという認識が認められず、基礎データも整備していない。国内計画では、障害者基本法も、女性の障害者について言及しておらず、障害者基本計画が、障害の発生予防の文脈で、妊産婦の健康教育に言及しているのみである。また、女性政策においても、障害をもつ女性に関する言及はみられない。 6 参考文献 勝又幸子・他2008『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成17-19年度調査報告書・平成19年度総括研究報告書』(厚生労働省科学研究費補助金 障害保険福祉総合研究事業H17-障害-003) 障害者職業総合センター2007『日本の障害者雇用の現状 −平成15年度障害者雇用実態調査(厚生労働省)から−』(障害者職業総合センター資料シリーズ38)=略記:NIVR38 厚生労働省職業安定局2007『障害者の雇用の状況』厚生労働省 障害者職業総合センター1992『障害者雇用関連統計集』(障害者職業総合センター資料シリーズ4) 全国自立生活センター協議会2001『自立生活運動と障害文化 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