障害者運動と障害学の接点−障害者自立支援法をめぐって

 横須賀俊司(県立広島大学)

 郵政民営化関連6法案が8月8日午後の参議院本会議で否決されたのを受けて、小泉総理大臣は衆議院を解散した。これに伴い衆議院を通過した後に参議院で審議されていた障害者自立支援法案は廃案となった。しかし、細田官房長官や尾辻厚生労働大臣は早々に、障害者自立支援法案を再提出するという意向を表明したのである。このため、選挙後に自民党中心の政権ができあがれば、再提出されることは確実となった。もしも、民主党中心の政権が成立すれば、障害者自立支援法案が再提出されることはない。しかし、介護保険に障害者を組み込むという動きが始まることになる。介護保険と統合されたとしても、障害者自立支援法案で指摘された問題が生じてしまう。したがって、どのような選挙結果になろうとも、障害当時者運動はまだまだ激しい展開を余儀なくされるのである。

 今回の障害者自立支援法案に対する反対運動は、これまでの障害当時者運動とは異なる様相を呈していた。それは国会議員に対して大規模にロビー活動を展開した点にある。抗議活動を展開するというのが障害者運動の定番であったといえるが、今回はそれだけではではなく、議員に対して法案のどの点が問題なのかをレクチャーして回ったところに新たな展開をみることができる。もう一つあげられるのは、ロビー活動を下支えするために障害者自立支援法案の問題性を伝えるべく、全国各地の障害者団体のもとに足を運んだことである。

 しかし、これまでとは違う展開であったために、課題も目についたことは事実である。例えば、議員がもつ「文化」(慣例やしきたりといった方がいいのかもしれない)がわからない、というか理解しがたいために、有効な戦略を立てにくかったことは否めない。また、マスコミ対応についても、障害当時者運動の主張を明確にすることを躊躇したために、その真意が伝わらないといった事態も引き起こしてしまった。さらに、実働する障害者が限られていたためにバタバタと入院してしまい、中には生命の危機にまで及んだ障害者もいたほどである。これらのことについては、今後考えていく必要があるが、ともかくも障害当時者運動は新たなステージに踏み出したということができる。

 このような動きがある中で、障害学あるいはそれに携わる研究者はどのようなスタンスをとっていたのであろうか。それほどコミットしてはいなかったのではないかというのが私の印象である。このことと対応するかのように、障害当時者運動も障害学に対する関心をあまり持っていないように見受けられる。もちろん、関心を持ち合わなければならないということはない。しかし、イギリスでは障害当時者運動と障害学の主要なメンバーが重なり合っており、そのために、両者が連動しながら展開されているという。また、アメリカではADAが制定されていく過程を契機として、障害学と障害当時者運動の距離が縮まったということも伝え聞く。障害学と障害当事者運動の接点は制度や政策にあると思われるので、両者が連動しながらそれぞれ展開していくほうが、お互いにとって大きなメリットが生まれるのではないのだろうか。

 今後も、障害者自立支援法案の再提出や介護保険との統合といった政策的課題が控えている。この大きな課題を乗り越えていくためにも、障害学と障害当事者運動がいかにすれば関わりを持ち合っていけるのかを考えていくことは重要なことだといえる。したがって、今回のシンポでは、障害者自立支援法をめぐる動きを素材として、もちろん、それ以外のことでもかまわないが、障害当時者運動と障害学のかかわりの可能性を探ってみたい。