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障害学会第13回大会(2016年度)報告要旨


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上野 俊行 (うわの としゆき) 東京大学大学院総合文化研究科

■報告題目

障害の社会モデルの定式化による試み―発展途上国に向けたバリアフリー化

■報告キーワード

社会モデル、発展途上国、バリアフリー

■報告要旨

 申請者は、ベトナムを中心に、発展途上国(以下、途上国)における障害者の社会参加のためのバリアフリー研究を行っている。本報告では、障害の社会モデル(以下、社会モデル)の定式化を行い、途上国に向けたバリアフリーの理解を促す試みを説明する。
国連障害者権利条約が2006年に採択され、今年4月に施行された障害者差別解消法の影響もあり、国内では社会モデルが社会に浸透しつつある。一方、途上国は同条約の批准を早期にしていながらも、社会は医学モデルの方が受け入れられやすい環境である。途上国は先進国とは異なる文化を有しているため、障害あるいは障害者に対する理解も先進国とは異なっている。このような途上国において、先進国の障害に対する概念をそのまま移植することは、理解されないばかりではなく、先進国の文化の押し付けとなって拒否されることもありうる。申請者は、途上国において、障害者に対しても、バリアフリーに対しても理解を促すためには、途上国の文化を理解した上で、先進国の概念をその文化に合わせて応用することが必要だと考えている。
 川島(2011)は、杉野(2007)の英国社会モデルと米国社会モデルの相違点を簡潔かつ明確に紹介し、国内では英国社会モデルが主流であることを述べた上で、米国社会モデルが論理的整合性と用語的明確性から現状に適していることを示している。そして、心身の医学的特徴をインペアメント、不利を負わせる社会側のあらゆる問題を社会障壁とした上で、障害の障害学的用語法として、
(米国社会モデルの)障害=インペアメントと社会障壁の相互作用で生じた不利
と定式化している。ここで、この相互作用について、川島が論稿内で例に挙げたレストランの階段と車椅子利用者の関係から考えてみたい。まず、川島が示すように、階段は車椅子利用者にとって、自己の目的達成に対する社会障壁(物理的障壁)である。だが、すべてのインペアメントにとって、階段が同様の社会障壁になるとは限らない。例えば、聴覚障害者は階段を利用できるし、また軽度のインペアメントであるならば、車椅子利用者の中には手すりに掴まりながら車椅子のまま階段を上がろうとする強者さえいる。つまり、相互作用は、個々のインペアメントの種類と程度により社会障壁の度合いが変化する。そして、社会的不利とは、インペアメントと社会障壁の相互作用により自己実現できない状態である。これを、
社会的不利=インペアメント×社会障壁
と定式化できる。また、インペアメントをI(impairment)、社会障壁をD(disability)、社会的不利をH(handicap)と置き換えると、
障害の医学モデル: H=I 
障害の英国社会モデル: H=D 
障害の米国社会モデル: H= I×D 
となる。
 次に、申請者の研究目的である障害者の社会参加と社会モデルの関係で考えてみる。社会参加可能率(SP:Social Participation)を設定すると、非障害者の場合、社会参加の可能性は100%であるため、SP=100%となる。一方で、障害者の場合、社会参加に対し、社会的不利はマイナス要因として働くため、SP=(100-H)%となる。ここで、障害の米国社会モデルを社会的不利であるHに代入すると、SP=(100-I × D)%となる。この定式において、D=0とは理想的な完全バリアフリーを意味する。したがって、個人のインペアメントであるIはほぼ不変であることを考えると、D→0となると、社会的不利であるHは小さくなり、インペアメントの程度に関わらずに社会参加可能率は100%に近づくことを示すことができる。また、重度のインペアメント、すなわちIの値が大きいほど、バリアフリーの効果が相乗的に大きくなることを示すことができる。さらに合理的配慮(RA:Reasonable Accommodation)についても考えると、個々のインペアメントに対応して社会障壁を低減するものであることから、{100-I × (D—RA)}%となる。
非障害者:SP=100%
障害者:SP=(100-H)%
  =(100-I × D)% D→0ならばバリアフリー
合理的配慮:SP={100-I × (D—RA)}%
ところで、途上国においては、障害者の社会参加を妨げる文化的障壁(C:Culture)が存在する。
途上国モデル:SP={100-I × (D+C)} %
このCは意識のバリアなどの社会障壁と重なる部分もあるが、先進国では存在しないような途上国固有の文化的障壁を示す。具体的には、インペアメントに対する慈悲の心以外に、前世の因縁、無関心、不理解などが挙げられるであろう。また、文化的障壁が存在する以上、合理的配慮を促せる社会環境には至っていないことから、RAが存在していないことも示している。
 途上国は、自国の障害者の社会参加を妨げるものとして経済的要因だけを考えがちである。これに対し、途上国の社会に適したバリアフリー化を示す指針として本定式を考えた。
 なお、本報告は倫理的配慮を要する内容を扱っていない。

参考文献
川島 聡(2011)「差別禁止法における障害の定義-なぜ社会モデルに基づくべきか」松井彰彦, 川島聡, 長瀬修編著『障害を問い直す』、東洋経済新報社。
杉野 昭博(2007)『障害学 : 理論形成と射程』、東京大学出版会。



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