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障害学会第13回大会(2016年度)報告要旨


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高森 明 (こうもり あきら)

■報告題目

イギリス「障害者」政策史―1909年『少数派報告』における「就業不能者」

■報告キーワード

「就業不能者(the invalidated)」 / 「雇用不能者(the unemployable)」

■報告要旨

 報告者は現在、ナショナル・ミニマム構想で知られるWebb夫妻を中心に起草された『少数派報告』 (1909)が、「障害者」の労働参加において何を語り、どのような政策提言を行ったのかを明らかにしようとしている。その一環として、本報告では、「第2部:労働可能者の生活困窮」において「就業不能者(the invalidated)」というカテゴリーに含まれた人々をどのように処遇することを提案したのかを明らかにしようと試みた。
 第2部において、起草者らは、証言に基づき、1897年の労働者災害補償法施行前後から、採用試験に医学検査を実施する大企業が増えたこと、すでに雇用していた「てんかん者」に労働者災害補償法を適用して、解雇する取り組みが行われるようになった事例を紹介した。起草者らは、雇用主がより「効率的」な労働者を優先的に雇用することは社会の利益に適うと考え、これらの取り組みを肯定的に評価した。(p230-p231)。
 視力や聴力の「欠陥」、ヘルニアおよび静脈瘤、「わずかな精神薄弱」、「正気のてんかん」、「常習的な飲酒癖」など目に見えにくい心身の疾患、損傷、機能不全を抱えているとされた人々は、「就業不能者(働くことができないタイプ)」というカテゴリーに分類された(p213)。そして、起草者らもまた大企業の取り組みに呼応するかのように、失業対策を通じて「就業不能者」を労働市場からの排除を推進しようとした。一体「就業不能者」をどのように排除し、どのように処遇しようとしたのだろうか。
 よく知られるように、『少数派報告』は第1部で「労働不能」の生活困窮者を対象にした政策、第2部は「労働可能」の生活困窮者を対象にした政策について論じている。そして、第2部では「労働可能者」の失業者対策を効果的に行うために、労働省の創設、その補佐部門として全国職業紹介局、職業保健部門、生活扶助・訓練部門、産業規制部門、移住・入国部門、統計部門という6部門を付設することが提案された(p325-326)。
 また、失業者は便宜的にクラスⅠ(永久的な状態からの失業者)、クラスⅡ(不連続的な職業からの失業者)、クラスⅢ(不完全雇用からの失業者)、クラスⅣ(「雇用不能者」)に分類された(p164)。「就業不能者」は「労働忌避者」、「ごろつき」、「職業的浮浪者」など「働く意志のないタイプ」と共にクラスⅣの「雇用不能者」に分類された(p211~p214)。
 失業対策の対象となるのは、あくまでクラスⅠ~Ⅲの「労働可能者」であり、特に重視されたのは「労働可能者」が長期の失業、生活困窮により、「雇用不能者」に転落することを「予防」するための取り組み(職業紹介局の設立による失業期間の短縮および訓練の下での生活扶助による退化の防止)であった(P243-P244)。一方、生活扶助・訓練部門のもう1つ重要な役割は、給付の対象となる失業者の審査を行う際に、医学検査と能力検査、そして経過観察を実施することにより、「労働可能」の証明と「就業不能者」の発見を行うことであった(p319-Pp320)。
 『少数派報告』では、「恒久的廃疾者」は地方当局の保健委員会、「精神欠陥者」は同じく保護収容委員会がそれぞれ管轄することが構想されていたが(p320)、起草者らは「雇用不能者」をさらに細かく分類し、専門の「労働居住地」にふるい分けていくことは地方当局の許容能力を超えていると判断し(p239-p240)、生活扶助・訓練部門の管轄とした。
 その上で、生活扶助・訓練部門がふるい分けた「雇用不能者」のうち、「働く意志がないタイプ」は生活扶助・訓練部門が設置する拘禁コロニー(Detention Colony)の監視下に置くことが明確に提案された(p328-329)。「就業不能者」のうち「恒久的廃疾者」は地方保健当局、「てんかん者」、「精神薄弱者」、「恒久的な酒乱者」は「精神欠陥者」のための地方当局にそれぞれ引き渡され、適切な施設で処遇することが示唆された。(p305~p306)。
 19世紀末ごろから、読み書きのできる中流階級以上の市民の関心は、目に見えにくい疾患、心身の損傷、機能不全を抱えるとされた人々に向かった。学校のみならず労働市場でも同様の傾向が見られ、「不健康な者」の排除が推進されようとしていた。
 「就業不能者」は確かに、同時代の人々が「病人」、「障害者」と見なした人々のごく一部を構成しているに過ぎない。しかし、このカテゴリーの存在により、「就業不能者」よりも重篤か目に見えやすい疾患、心身の損傷、機能不全を抱えているとされた人々が労働市場に参加する道も同時に閉ざされている。「就業不能者」は「労働不能」と「労働可能」の境界を、「労働不能者」の側から作り出すカテゴリーであったと位置づけることができるだろう。

【倫理的配慮】
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・二重投稿は決していたしません。
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