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障害学会第13回大会(2016年度)報告要旨


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髙木 美歩(たかぎ みほ) 立命館大学先端総合学術研究科

■報告題目

「軽度発達障害」の多様な用法とその影響の検討

■報告キーワード

軽度発達障害/特別支援教育/医療化

■報告要旨

 「軽度発達障害」は、日本でしか使われていない独自の概念であり、先行研究によれば1999年に行われた第34回日本発達障害学会で取り上げられたことで概念化されたといわれている。2007年、文部科学省は誤解を招くとの理由から「軽度発達障害」という表現を原則使わない旨が通達された一方、“いわゆる”という留保的な接頭語をつけて、主に医学的診断には値しないがその傾向を有する人々への支援を訴える言葉として頻繁に使用が続けられている。「軽度発達障害」概念は、今日も共通した定義をもたない。ゆえに、研究論文等においても論者ごとに操作的定義のもとで論じられているという特徴がある。本報告の目的は、2000年ごろから流通するようになった「軽度発達障害」という言葉の多様な用法を整理することである。分析は、学術論文等を対象に「軽度発達障害」にかんする動向を障害学で用いられるimpairmentとdisabilityの観点から行う。本報告は発表済みの学術論文・書籍を対象に分析を行うため、倫理的規定には抵触しない。
 「軽度発達障害」の語を使用する人の立場は、①明確な定義は不可能とした上で「なんらかの特別な教育的ニーズのある子ども」を指して使用する、②発達障害者支援法で挙げられた「自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害」の意味で使用する、という2つのどちらかが大部分を占める。①の立場においては、使用者がその子どもを「障害児教育」と「特別なニーズ教育」どちらの対象として理解すべきかという文脈で使用される傾向がある。②の立場においては、既存の障害カテゴリーの拡張による解釈、あるいは高機能自閉症(IQ70以上であるが、言語発達の遅れがある。言語発達の障害がない場合、いわゆるアスペルガー症候群である)などを含めて定義が行われている。この場合、既存の障害カテゴリーに属する人とは類似して異なる人を指すために考案されたと考えられる「軽度発達障害」を用いる利点が薄まる。
 この「軽度発達障害」をめぐる言説は、大筋次の通りである。「通常学級に在籍する、生まれつき何らかの障害をもちながらも、今までの検査で見過ごされてきた子どもたちを発見し、適切な支援をしなければならない」。以前は、特別な教育的ニーズが満たされるのは特殊学級においてであったが、通常学級に在籍する子どもへのケアの拡大は、2007年から実施されている「特別支援教育」に掲げられた「すべての学校において、障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくこと」という理念の浸透と時期的にも関連性が認められる。この「軽度発達障害」児とされる子どもは、四ヶ月、一歳半、三歳児検診で見過ごされ、通常学級へ入学後に学習の躓きやクラスにおける孤立などの問題を抱えるが、「障害」が見つけられないために自己評価の低下などの危機に瀕しているとされている。
 子どもが抱える困難を把握し、適切な支援が必要であることに異議はない。しかし、「軽度発達障害」児が現在使用されている障害カテゴリーを特定するための医学的診断基準を満たさない点は、留意が必要である。つまり、「軽度発達障害」には、明らかなimpairmentを見出すことはできないということであり、「軽度発達障害」はdisabilityをめぐる問題であるといえる。医療や教育において個々の事情に沿う柔軟な対応を実現するために、「軽度発達障害」概念が有効であるという主張が生じる。
 しかし、「軽度発達障害」概念に対する否定的な見解も存在する。主な意見としては、①軽微であるために医師によって診断が異なり(確定診断の不可能性)、②本人や家族に対して極めてあいまいに用いられ、その一方③「軽度」であっても「障害」であるという認識から、諦め・専門機関への丸投げなど態度の否定的な変化の可能性がある、などが見られる。また、「『障害』を診断されたわけではないが育てにくいと感じる」など、親の主観的評価による研究がみられるのも特徴である。
 この「軽度発達障害」はグレーゾーンや「大人の発達障害」など、新たな用語へ姿を変えながら潜在的な対象者を増やしているが、もしも全てをいわゆる「軽度発達障害者」としたならば、そこで見込まれるニーズは、特別というよりはむしろベーシックニーズといいうる規模であると思われる。
 本報告は「軽度発達障害」という用語の広まりが、「炙り出す」形で従来の定義とは質的に異なる層を「障害」へ組み込んでいる状況を示唆し、安易なラベリングとして機能することは却って適切な支援を阻むリスクを提示する。そして、「障害」の診断を受けなければ支援を得られない既存の福祉システムの見直しの必要性を報告したい。

参考文献
杉山登志郎,2000,「軽度発達障害」『発達障害研究』21(4): 241-251.
市橋香代,2006,「「軽度発達障害」と社会構成主義」『ブリーフサイコセラピー研究』15(2): 86-96.



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