障害学会HOME

障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


ここをクリックするとひらがなのルビがつきます。
ルビは自動的にふられるため、人名等に一部変換ミスが生じることがあります。あらかじめご了承ください。


倉田 誠 (くらた まこと) 東京医科大学

■報告題目

「障害」をめぐる共存のかたち──サモア社会・障害支援NGOロト・タウマファイによる早期介入プログラムの事例から

■報告キーワード

サモア / NGO / 「能力」

■報告要旨

 本発表では、南太平洋のサモア独立国サモア社会の障害者支援NGOロト・タウマファイ(loto taumafai)による地域社会への巡回活動(アウトリーチ)に焦点を当て、彼らの実践とそれを受け入れる地域社会との間で「障害」あるいは「障害者」というものがいかなるものとして立ち現れてくるのかを検討する。
 
 2001年の国連での「障害者権利条約」のコンセンサス採択の前後から、世界各地のそれまで国家による社会福祉サービスがほとんど及ばなかったような地域や領域でも「地域に根ざしたリハビリテーション活動(CBR:Community Based Rehabilitation)」が展開されるようになっている。リハビリテーション(rehabilitation)という言葉が「再-適応(re-habilis)」に由来することからも分かるように、そこではある基準から見て「適応を要する対象」が社会の変化を通して「適応不要な状態」となることが目指されている[Stiker 1999:121-123]。ただし、現実には、諸社会において「適応を要する対象」や「適応不要な状態」が同じように理解されているわけではないため、国際援助などを受けCBRが導入される社会では、CBRの普及を通してそのような「グローバルな」基準が人びとに適用されていくという状況が生まれている。
 
 文化人類学者のホワイトは、このような現実に対し、「援助やリハビリテーションの言説のなかで、多面的な人格から特定の欠損が前景化され、人格の文化的側面を失わせる(=障害そのものになる)」(Whyte 1995)という趣旨の批判を行っている。このような「グローバルな」基準を前提とした障害理解のあり方を「ディスアビリティ(dis/ability)」と呼ぶならば、「ディスアビリティ」は世界規模でマイノリティとしての権利保護とそのための社会変革という問題設定を可能とする一方で、それが各社会において人間理解のあり方をいかに変容させているのかという問題は看過される傾向にある。
 
 本発表で取り上げるサモア社会では、政府による障害者福祉政策の策定が行われないなか、1970年代後半から「障害者の権利宣言(1975)」や「国際障害年(1981)」といった国際社会の動きに合わせて散発的に各種の障害者支援NGOが立ち上げられてきた。2000年代に入ると、「障害者権利条約」のコンセンサス採択と前後して、初めての障害者に関する全国的な統計調査が実施され、政府の障害者政策タスクフォースや当事者団体が設置されるとともに、「障害(disability)」の訳語として「マナオガ・ファッアピトア(manaoga fa’apitoa:「スペシャル・ニーズ」の意味)」という言葉があてられるようになった。そのなかで、ロト・タウマファイは、1981年の「国際障害年」を受け比較的早い時期にサモア人有志により設立され、現在では障害者全般を対象とした学校(フリースクール)の運営や「早期介入(early intervention)」と呼ばれる地域巡回支援を行うサモアで最大規模の障害者支援NGOとなっている。なかでも、地域巡回支援は、彼らが提供する障害者支援の重要な「入口」となっており、NGOへの援助提供者(ドナー)としての各国政府や国際機関が想定する「ディスアビリティ」の思想と彼らの実践、さらにはその実践と地域社会における人間理解のあり方が接触する「界面」に位置している。
 
 よって、本発表では、そこでの実践や相互行為に焦点を当てる。地域巡回活動において、スタッフは、まず対象者の身体を綿密に計測し、それをドナーから提供された「アセスメント用紙」へと書き入れる。その情報は利用者の様々な社会環境も含めた「全人的なケア・プラン」へと変換されることが意図されているが、実際には主に利用者個々人に合わせた「リハビリ機材」の作製や調整に利用されている。少なくとも、現場のスタッフたちは、各種の国際基準に則って「ディスアビリティ」の程度やその意味を把握し、全人的想像力のもとにサービス提供することより、利用者やその親族との関係性の調整や継続を優先している。一方、利用者の側は、地域巡回支援の際に不在であることも少なくなく、積極的にリハビリテーションに取り組むという様子もない。このようなそれぞれの齟齬は、この「界面」で起こっていることにととまらず、サモア社会において「ディスアビリティ」というものがいかなる対象として立ち現れようとしているのかを考える手がかりとなる。
 
 本論では、このような地域巡回支援における相互行為に関する事例を障害概念の受容をめぐる議論のなかに位置づけることで、サモア社会において「障害」あるいは「障害者」というものがいかなる対象として立ち現れ用としているのかを提示し、「ディスアビリティ」の世界的普及がはらむ問題を考察したい。
 
 なお、本発表に関する2011年から2014年にかけてのフィールド調査は、AAA(American Anthropological Association)の倫理綱領に準拠して実施し、聴き取りや写真撮影は当事者とその親族、さらには関係NGOの監督部門の了承を受けた後に行っている。

引用文献
Ingstad, B. & Whyte, S. R.(1995)Disability and Culture. University California Press.
Stiker, H. J.(1999)A History of Disability.Sayers, W. trans. The University of Michigan Press.



>TOP


障害学会第12回大会(2015年度)