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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


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白石 勇 (しらいし いさむ)

■報告題目

話せない、働けない知的障害者が一人暮らしをすること

■報告キーワード

障害福祉サービス / 知的障害者 / ヘルパー

■報告要旨

 この報告は関係者の承諾を得た上で作成したものである。

 博さん(仮名)は35歳の男性で、2015年8月現在アパートにて単身生活をしている。彼は身辺自立も経済的な自立も不十分であるばかりでなく、自分で決め、それを伝えるということがほとんどできない知的障害者である。全身性障害者の自立生活は、身辺自立も経済的自立も難しいが自分で決めて生きるという社会的自立は確保している。博さんはこの3つの自立がどれも難しい。それでも2007年8月からヘルパーサービスを受けながら暮らしている。
 博さんは結節性硬化症という病気にともなう知的障害があり、生活関係の簡単な言葉の理解はできるが音声のよる言葉で自らの意思を伝えることはできない。そのため要求する時は、指さしや手を差し出す、それで相手に伝わらないときには怒り、つねる、爪を立てる、物を壊すなどということもある。育ててきた両親ならばある程度そういう表し方を理解できるだろうが、そうでない人たちにはまず難しい。彼のような場合、普通は入所施設に入るのだが、以前、鍵のかかる部屋に入れられた経験から、本人も家族もそういう選択を拒否するようになった。そうなると彼と共に過ごす人が必要になる。そこで支援費制度のヘルパーを使うことになった。
 彼の住む地方の町では介護保険のヘルパーはいるのだが、障害者支援のヘルパー派遣事業所はほとんどなく、あるのは障害者福祉施設だけだった。しかたなく親が事業所をつくりヘルパーを求め、サービス時間の確保へ苦しみながら向かうことになった。しかし農業をしながら年老いていく両親は、元気を持て余す博さんをいつまでも抱えていることができないため、彼にアパートを借りることにした。
 まわりの人たちは博さんの単身生活を理解できなかった。電話に出ることもできない人がアパートを借りて一人暮らしをするなんて意味がない。こんな人を放り出して他人に任せるなんて親の養育義務の放棄だ、あるいはアパート暮らしはミニ施設だとも言われた。まわりの人たちは福祉行政も含め博さんに意思があることを全く考えようとはしなかった。従って1ヶ月のヘルパーサービスの時間は360時間で残り時間は事業所の持ち出しで補ってきた。(なお、現在介護時間の増加を求めて裁判中)
 それでは24時間共同生活をするヘルパーがよき理解者だったかと言えばそうでもなかった。博さんの問題行動をほとんど理解できなかった。彼の問題行動がひとつの訴えだとわかっても、そこを考えるより、最低限の生活を問題なく過ごすことが優先された。ヘルパーの仕事は博さんを指導するのではなく、できないところを援助することになっている。しかしほとんどのことができない人への援助は指導との区別がつきにくい。このようなわかりにくいところがあるためかヘルパーは常に不足している。
 博さんの場合、身辺自立は障害福祉サービスで補い、経済的自立は障害基礎年金や生活保護で何とかなるとしても、西原雄次郎の述べている社会的自立の問題は全く見通しが立っていない。
 そこで家族と障害福祉サービス事業所からそれぞれ1名ずつ委員を出し、どちらにも利害関係を持たない第三者委員を探してきて生活向上委員会をつくることになった。毎日の生活の中で、できるだけ彼の意思をくみ取るためのものである。まずは生活のこまごまとしたシャドウワークの部分を扱うことから始めている。それとともに障害当事者会をつくり知的障害者自身に力をつけてもらうような取り組みを始めている。生活向上委員会と障害当事者会の二つを充実させることでどれだけ知的障害者の生活が変わっていくのか、そしてまわりの人たちがそれをどのように受け止めるのか。現在実践中。

※西原雄次郎「知的障害者にとって自立生活とは何か」



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