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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


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森谷 亮太 (もりや りょうた) 宇都宮大学国際学研究科博士後期課程

■報告題目

航空身体検査色覚基準の比較文化研究──日本とカナダを事例として

■報告キーワード

色覚障害 / 航空身体検査 / 比較文化研究

■報告要旨

問題の所在

 日本社会のおよそ4.5%の人口は色覚障害者(本稿は障害の社会モデルの理論的立場から、あえて「障害」の表記を使う)である。かつて「色盲」と呼ばれた彼/彼女らは、「色がわからない」「白黒に見える」などと誤解され、進学や就職の際に多くの制限が設けられていた。1980年代以降、多くの制限が緩和された一方で、交通分野を中心に今日まで残る制限もある(高柳、2014)。例えば、航空身体検査の色覚基準は典型例であり、この基準を批判的に分析することは色覚基準全般で論理基盤の脱構築を可能にする。
 今日、航空行政は一国だけの問題ではない。国際民間航空機関(以下、ICAO)が定めた国際基準では、国内で登録された航空機に常務する限り、国際線の操縦士の航空身体検査基準は、国内基準が適用される。つまり、日本の基準で不適合とされる色覚障害者が、他国の基準では適合となり、成田空港に飛来することが現実に起きているのだ。このような基準の差異は、なぜ生じるのだろうか?本研究は、このような問題意識に基づき、色覚障害者認知と航空身体検査色覚基準は相関することを明らかにする。

理論的枠組み

 フーコーの「Disease」の認知(Foucault、1994)と障害の社会モデル(Oliver & Barnes、2012)の理論的枠組では、「異常」と「障害」が相対化される。つまり、障害を社会文化的要因で再定義することが出来る。この意味で、生理的な色覚異常は社会文化的色覚障害と読み替えられ、障害を規定する社会文化的要因が分析対象となる。

調査手法

 本研究報告では、筆者が2012年から2014年に収集した質的データを基に、新たなデータと分析を加えた。本研究では資料調査と質問紙調査を日本とカナダで行った。日本とカナダでの比較分析を行う目的は、国際基準に照らし、厳格な日本の基準と対照的なカナダの基準を比較することで、色覚基準の意味を明らかにする為である。質問紙調査では、飛行訓練を受けているあるいは受けた事のあるパイロットを対象に、質問紙を配布し、実機上で飛行訓練の参与観察も行った。質問紙は無記名にし、希望者には切手と返信用封筒を一緒に配布し、回答データの使用と管理についてインフォームドコンセントを取った。収集された質問紙の分析、管理、発表方法については随時指導教官の指導を受けた。

結果

 結果として、まず資料調査に基づく比較制度分析では、日本の基準は石原式色覚検査表を基準にした厳格なものであり、また実際的色覚能力の判定を重視しないプロセス型の基準であった。これは国際基準と近年の科学的研究成果に照らして、航空機を安全に運航する目的とは外れた基準であることも明らかにされた。対照的に、カナダの基準は総合的で実際的能力の判定を重視するゴール型の基準であった。(表1参照)。

表1 色覚検査基準の比較制度分析
日本ICAOカナダ
1段階石原表複数の仮性同色表複数の仮性同色表
2段階パネルD15による追テストランタンテストランタンテスト
3段階なし飛行する機内からの視認テストパネルD15
4段階なしアノマロスコープ実地テスト
5段階なしなしアノマロスコープ
不合格一生涯不適合航空身体検査留学昼間限定

 次に、質問紙調査の結果、日本で19人、カナダで35人から解答を得た。質問は全部で7項目あるが、本研究目的に照らして特に重要な質問項目は(5)の「『色盲』は、『飛行』を制限されるべきだと考えますか?」である。この項目について比較分析すると、日本ではおよそ89%のパイロットが「制限されるべき」と解答したのに対し、カナダではおよそ77%のパイロットが「制限される必要はない」と解答し、対照的な色覚異常認知が見られた。また、各質問項目とクロス分析の結果からは、色覚障害者の認知と色覚基準との間に相関性も確認された。

考察

 航空身体検査における色覚障害者は、色覚異常パイロットの認知と、社会文化的色覚基準によって生み出された障害者であった。このため、色覚基準は社会により異なり、日本の場合は厳格な検査手続きに基づき「疑いのある者は不適合」という厳しい基準が設けられていた一方で、カナダでは「昼間のみ飛行を制限する」という個別対応的で寛容な基準が設けられていた。したがって、日本の基準にはプロセス重視の価値観が、一方カナダでは実際的能力を重視するゴール型の価値観が表象される。以上から、プロセス型の価値観では色覚検査基準が厳格になり、一方でゴール型の価値観には厳格性を緩和する可能性も見出された。結論として、このプロセス型とゴール型の二項対立的色覚基準の分析枠組みは、今後更なる研究の蓄積と検証が進められることで、他の障害事例にも応用可能な分析枠組みになり得るという仮説が提起される。

参考文献

Foucault, M. (1994). The birth of the clinic: an archaeology of medical perception. (A.M. S. Smith, Trans.). New York, NY: Random House. (Original work published 1963)
Oliver, M. & Barnes, C. (2012). The New Politics of Disablement. New York, NY: Palgrave Macmillan. (The first edition was published as The Politics of Disablement in 1990 by Oliver, M.)
高柳泰世 (2014). つくられた障害「色盲」(改訂版). 東京:朝日新聞。



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