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障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨


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千葉 寿夫 (ちば ひさお) 首都大学東京人文科学研究科
杉野 昭博 (すぎの あきひろ) 首都大学東京人文科学研究科

■報告題目

タイ・フィリピンにおける障害者運動の展開と政策への関与

■報告キーワード

アジア / 途上国 / 障害者運動

■報告要旨

 障害者の権利条約が2006年12月に国連で採択されてから、2014年8月現在で147カ国がすでに批准している。まさに本条約は世界中で実施されており、各国政府が実現に向け努力をしている最中である。

 ところで、本条約の実施及び監視、また実施するための法令や政策の作成には、障害者の参加が強く求められている。例えば、第4条3項を見ると「締約国は、この条約を実施するための法令及び政策の作成及び実施において、(中略)障害者を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる」と規定されている。障害者の政策への参加は、権利条約策定過程でも重要視されており、まさに近年の障害者運動が求めてきた権利と考えられる。

 しかし、このような障害者の参加は、資源が乏しく、先進国と比べ障害者運動が発展していない途上国においても実現されるのだろうか。途上国における条約の実施に対する懸念は、条約の策定過程から指摘されてきた。その為、条約の第32条で、国際協力の重要性が記載されている。だからと言って、途上国政府は、先進国に条約の実施を頼るわけにではないし、当然のこととして、自国内の一層の努力が求められている。したがって、障害者が条約の実施や監視に参加できるかどうかという課題は、途上国には残ったままである。

 本研究は、このような疑問に対し、途上国で障害者が政策策定に関与してきたのかどうか、障害者運動の展開過程を振り返りながら分析を試みるものである。日本が障害分野における国際協力を提供してきた東南アジアの途上国から、特に障害者運動が活発であったタイとフィリピンを事例とし、障害者運動を通し障害者が如何に政策に関与してきたか、その事実関係を少しでも明らかにしたいと考えている。

 結果として、タイでは、障害者リーダーが「障害の社会モデル」という概念に触れ、障害者の権利に対する気づきから、障害者団体が設立され、障害者法の制定を求めた運動が開始されたことが分かった。そしてこの運動によって、1991年にリハビリテーション法が制定され、2007年にはエンパワメント法が制定されている。 運動を始めた当初は、障害者が政府から相手にされることも少なく、障害者団体だけの一方的な活動であったが、徐々に、政府との協力関係を構築し、現在は、障害者団体の代表が公式に政府の政策会議に参加する権利を得ている。

 一方、フィリピンでは、障害者団体の草の根的な活動も見られるが、どちらかと言えば、政府および海外ドナーによる支援のもと、統括的な障害者団体が設立され、運動を実施していた。政府との政策会議も、障害者運動の要求により設置されたというよりも、政府から提供された側面が強い。そのせいか、タイに比べると障害者団体の政策への影響力が弱く、団体としてのまとまりにも欠けている。1992年に成立した障害者法(マグナカルタ)も、障害者運動の成果というよりも、障害を持つ上院議員の尽力によって成立したと考えられる。

 このような違いがありながら、両国政府とも、2008年に障害者の権利条約を批准している。本研究は、条約批准後の実施状況に対する分析は行っていないが、政策会議における障害者の関与の度合い、会議の構成員、制定された法令や実施状況などを見ると、障害者の参加が確保され、障害者団体にまとまりの見られるタイの方が、条約の実施が進んでいるように感じられる。

 今回は、これら両国の障害者運動が展開された経緯を、できるだけ詳細に報告し、その上で、両国の違いを、政治・社会的な文脈から説明したいと考えている。



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