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障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨


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菅野 紗穂里 (かんの さおり) 首都大学東京人文科学研究科
杉野 昭博 (すぎの あきひろ) 首都大学東京人文科学研究科

■報告題目

高次脳機能障害者と家族の地域生活における支援課題─家族の「語り」から

■報告キーワード

高次脳機能障害 / 地域生活 / 家族

■報告要旨

研究目的

 本研究は、脳損傷の後遺症である高次脳機能障害を抱える当事者と、その主介助者である家族の地域生活上の支援課題を明らかにすることを目的とする。本報告では、主に、インタビュー調査で得られた家族の語りに着目し、障害の発生から現在に至るまでに家族が経験してきた「支援」とその課題を報告したい。

研究背景

 障害者福祉の分野では、1970年代の障害者運動における「青い芝の会」の「脱親」「脱家族」の主張以降、家族によるケアの内包する問題が指摘されてきた。家族によらない、当事者中心のケアの必要性が訴えられ、「脱家族」「ケアの社会化」は障害者福祉において重要な課題となっている。
 しかし、ケアの社会化、脱家族の主張はその後の福祉政策に十分に活かされているとは言い難い。たとえば介護保険は「無償の家族介護を前提(春日[2011])」とし、むしろ「家族扶養制度を強化(杉野[2007])」するような福祉制度であるなど、現実には家族がケアを担わざるを得ない状況も続いている 。加えて、家族から離れる「自立生活」の主張は、身体障害者等の判断能力のある当事者が中心となって行われており、判断能力の低下が見られる障害について言及されることは少なかった。
 そうした現状に対し、西村(2007)は知的障害を抱える当事者が親が介助できなくなった途端に生活困難になる問題から、「子どものケアをできる状況か否か関係なく、親が生きている間から、継続的に親子分離した支援をしていくことが重要である。」と親子分離の支援を基本におくことを訴えた。
 一方、高次脳機能障害においても、その介助や支援の多くを家族が担っていることや、在宅復帰の成立条件に家族の状況が影響している可能性(厚生労働省[2008]ほか)が指摘されているほか、「親・介護者亡き後の不安(東京都福祉保健局[2007])」が当事者・家族双方から聞かれる等、他の障害と同様にケアを家族に依存する問題があると思われる。 
 先行研究では、家族の多くが精神的なストレスを抱えていることや、うつ傾向の家族も存在すること等 (名古屋市総合リハビリテーションセンター[1999]ほか)、家族の負担に関する報告も多数見られた。
 しかしその支援策としては、家族への「心理的支援」「教育的支援」など「家族によるケア」を前提とした文脈のものが多数であり、そもそも家族に依存していると思われる現状のケアの是非については問われていない状況だ。どうすれば、当事者・家族双方にとって望ましいケアとなりうるのかは未だ明らかにされておらず、当事者へのケアと家族のケアからの解放とをどう両立させるか、の視点が弱い。
 他の障害種別と比較して、高次脳機能障害は「家族によるケア」の前提が根強い印象を受ける。高次脳機能障害では、家族によるケアをどう捉えればよいのか。高次脳機能障害者のケアにおいて、当事者の持つニーズと家族によるケアの現状と問題点を明らかにすること、そのうえで当事者へのケアの保障と家族のケアからの解放の両立について考察したい。

研究方法

 本研究は、文献研究及びインタビュー調査により行う。高次脳機能障害については、先行研究が少なく、事実を詳細に明らかにすることがまず必要だと考えられる。限定された視角から事象を切り取る質問紙調査よりも、詳細なインタビュー調査を本研究の研究方法として採用する。

結果

 障害発生時の医療的支援から地域生活に至るまでの家族の経験とニーズが明らかになった。家族の語りからは、高次脳機能障害が「障害」として支援対象になってから10数年しか経過しておらず、「資源や支援の乏しさ」があること、そこへ「判断能力の低下」から家族が「選択の責任者」、「当事者の代弁者」とされやすいことが加わり、家族は「家族としての思い」によって介助者にならざるを得ないことなどがわかった。
 家族は、通常のADL、IADLの介助のほかに、当事者のために資源の情報収集や開発などソーシャルワーカーのような役割も担っており、医療ソーシャルワーカーや地域のソーシャルワーカーの機能をより発達させることが、ケア負担の解放に繋がることが示唆された。
 また、当事者への「見守り」支援の必要程度が、家族の負担感に影響を与えている様子がみられ、在宅支援に「見守り」をどう取り入れていくかも課題であると思われる。

参考・引用文献

・春日キスヨ.2011.『介護問題の社会学』岩波書店
・厚生労働省他.2008.『高次脳機能障害者支援の手引き(改定第2版)』
  ・名古屋市総合リハビリテーションセンター高次脳機能障害在宅ケア研究会.2006.『高次脳機能障害者の在宅ケアニーズ調査報告書』
・西村愛.2007.「『親亡きあと』の問題を再考する」『保健福祉学研究』5巻 .pp75-91
・杉野昭博.2007.『障害学 理論形成と射程』.東京大学出版会
・東京都福祉保健局.2007.『高次脳機能障害者支援ニーズ調査』



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