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障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨


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吉田 ゆか子 (よしだ ゆかこ) 国立民族学博物館
田中 みわ子 (たなか みわこ) 東日本国際大学

■報告題目

インペアメントをもつ身体と笑い―バリ島における演劇実践を事例として

■報告キーワード

インペアメント / 笑い / バリの演劇

■報告要旨

 本報告は、インドネシア共和国のバリ島の演劇(注1)を事例として、インペアメントがバリにおいてどのように位置づけられているのか、またそれが舞台上でどのように表現されるのかを、実地調査を踏まえて明らかにする。本研究は、なかでもインペアメントが「笑い」と結びついて現れることに注目する。
 バリの演劇では、役者が、インペアメントを誇張気味に模倣し、ジョークにする演技が頻繁に見られる。演劇は一般にいわゆる健常者によって行われるが、少数ながら、実際にインペアメントをもつ役者もいる。彼らもまた、自らのインペアメントを演技のなかで表現し、観客を笑いへと巻き込む。本研究はインペアメントをもつ役者および共演者たちの意図や演技内容、観客の反応などを分析し、彼らの実践において笑いが担う役割を考察する。
 本報告は、1)バリ社会における障害および障害者の概念の概観、2)インペアメントをもたない役者による、インペアメントの模倣表現の特徴の分析、3)自らインペアメントをもつ役者の事例分析、の3部から成る。
 1)インドネシア語で「障害」はcacat、バリ語ではcacadと表現され、どちらも、「欠点」や「傷」を意味する。そのほか、「傷」を意味するtuna がある。このtunaが、tuna netra(視覚障害)、tuna rungu(聴覚障害者)のみならず、tuna wisma(ホームレス)、tuna artha(貧乏)などにも適用される語であることは注目に値する。身体の損傷は人間の抱えうる多様な欠陥や特異性の一つであるといえる。また、この世は善と悪、昼と夜、男と女のように相対する2つの要素から構成されるという意味の、ルワ・ビネダ(ruwa bineda)というバリの世界観も重要である。バリでは人間も小宇宙(buana alit)として概念化される。そのためルワ・ビネダは、完璧な者などおらず、全ての者は優れた点も欠陥も抱えている、という人間観にもつながっている。
 2)このようなバリの障害観や人間観は、演劇において顕著である。各種宗教儀礼では余興の演劇が上演されるが、そこでは、インペアメントを模倣した表現(たとえば麻痺を思わせる不規則な身体の動き、異形の顔や身体、吃音など)が、頻繁にジョークの素材となり観客の笑いを誘う。こうしたインペアメントのある人間像は「異教徒」「外国人」「病人」「老人」「女性」「偏屈な人」「方言で話す人」と同列に現れる。神話や歴史を題材とする演目でさえ、様々なインペアメントをもつ人物が、村人(かつ道化)として登場し、場をかく乱し、劇に生き生きとしたニュアンスを加える。本研究は、バリの演劇において、村人役の道化が、観客と同じ側に立つ存在であり、彼らの代弁者でもあるという点に注目する。インペアメントを演じる道化は「特異なもの」として逸脱的で非日常的な存在として現れると同時に、観客にとっては滑稽さや情けなさを抱えた自分自身の投影でもあるといえるのである。
 3)上記のバリの文化的、社会的文脈を踏まえた上で、インペアメントをもつ役者たちの事例に焦点を当てる。インペアメントをもつ役者たちの表現は、そうでない役者たちの場合とどのように異なるのか、また、インペアメントを笑いへと転換させる技法やポリティクスはどのようなものなのかを分析する。舞台上で、インペアメントは様々な意味合いを帯びる。なかには悲しみやつらい経験を表現する演技もあるが、インペアメントを誇張しながら笑いを誘う演技も少なからずある。こういった演技では、インペアメントは必ずしも「欠陥」ではない。
 笑いを引き起こす演技は、それを笑う者(共演者や観客)がいて初めて成立する。また、演者自身がインペアメントに直接言及するのではなく、共演者に自分をからかわせ、ジョークを引き出すケースも多い。このように、笑いを引き起こす演技は、観客や共演者を巻き込み、彼らにも依存しながら行われる。バリの演劇の多くは即興度が高い。笑いは、演者、共演者、演出家、観客、上演依頼者など、それぞれの意図と身体が相互に作用するような場において生起する「出来事」である。それは、インペアメントのある役者と人々とをつなぎ、その関係性を表象し、そしてそれを変容させてゆく可能性へと開かれていると考えられる。

注1)演劇には、物語性のある芸能(たとえば歌い語り)を広く含めることとする。

<引用文献>
ベネディクト・イングスタッド、スーザン・レイノルズ・ホワイト 編著2006『障害と文化―非欧米世界からの障害観の問いなおし』中村満紀男・山口惠里子監訳、明石書店、東京。



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