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障害学会第11回大会(2014年度)発表要旨


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吉田 ちあき (よしだ ちあき) 専門学校大庭学園非常勤講師(琉球大学大学院研究生)

■報告題目

沖縄県の当事者運動―CILの成立と課題、その意義について

■報告キーワード

ナラティブ・アプローチ / 当事者(運動、主体、意識)

■報告要旨

 本研究の目的は、NPO法人沖縄県自立生活センター・イルカ(以下イルカ)の21年間を検証、課題を見いだし将来を展望することである。
 新門登さん(享年49)のことを書き残したいと思った。それは伝記ではなく、沖縄で初めて設立されたイルカの原点の点として描いてみたかった。だから本研究の最後は、これからのイルカではなく新門登という過去の人の話で終わる。
 全国の公害病を告発し、とりわけ胎児性水俣病患者と寄り添い続けた医師、原田正純さん(2012年逝去)が次のように語っている。「一枚の診断書の、一枚の申請書の裏に底知れぬ色々なものがある。人はカルテの裏側が読めるかで決まってくる」(未来への遺言)このことばは、医師のみならず、およそ人間のいのちの営みにかかわるすべての者にとって普遍的であるがゆえに真実である。
 わたしはその折々にイルカにかかわり、今もかかわりつづけ、または去って行った人たちの話を聞いてその裏側を可能な限り文字にしたかった。だから、その目的を達成するために一番近いと選択した手法が「ナラティヴ・アプローチ」だった。およそ、人間が紡ぐいのちのことばを新門さんに出会うために、繭玉から摂れる一本の糸のようにして見せることが私のたくらみである。最後には丸裸の幼虫の死骸が現れるであろうが、一個の死は未来に向かうことばのようでもあり、一つのことばは死から逆照射する現在と連なる過去でもある。未来は現在を通じて過去になる。テーマは「さかのぼりイルカ史」に決まった。
 イルカの前身である「テベの会」が発足したのは1993年のことである。筋ジストロフィーのため国立沖縄病院(現 独立行政法人国立沖縄病院)に入院していた新門登さんの自立がきっかけである。以前から付き合いのあった長位謙二(けんじ)良(ろう)、鈴子夫妻等に県外で障害者の自立支援をしていたBさん夫妻がその活動の場として自営の喫茶店を提供していた。 1995年、新門さんの自立が実現して、少しずつ障害者と非障害者(Bさん夫妻)との自立観の違いが明らかになっていく。法律や制度を変え障害者が地域で生活できるようにと活動する新門さんたち。就労することで自立させようとするBさんたち。
 新門さんたちがBさんたちと袂を別って「イルカ」として再スタートを切ったのは1999年のことであった。
 アメリカの自立生活運動に学び、東京で活躍していた自立障害者からノウハウを得た。
 具体的な研究方法は半構造化インタビューである。調査対象者は6名。イルカ職員(障害者)が示してくれた日本の障害者運動史の4世代分類に、対象者を当てはめた。(1)1970~80年にかけて (2)1980年以降 (3)1990年代 (4)2000年以降。障害者、非障害者への共通の質問項目は、イルカ(テベの会)との出会いと現在のポジション(職業や役職など)、そしてイルカの課題や展望などで、あとはその場の雰囲気に合わせて自由な展開に任せた。
 結論として、若い世代は、イルカにロールモデルがいることから家族の反対を受けても、比較的容易に自立生活に移行しているようである。彼らが中心になって路線バスのノンステップ化をバス会社に要求し実現させた。また、余暇を自由に楽しんだりしている様子がうかがえる。将来は、イルカをステップに一般就労を志している人がいた。彼らに対してテベの会やイルカの草創期のメンバーは、自立の際、生きるか死ぬかの選択を迫られた人もいた。これからもイルカや地域にあって障害者の自立支援をしていこうという「ピア」としての役割を自覚している人が多く見られた
 イルカの課題は2つある。1つは新しいリーダーに関することである。大学の教員であった高嶺豊さんは「リーダーには誰でもなれる。今のリーダーをロールモデルして必ず、次のリーダーが育てられていく。私はそういうところをたくさん見てきました」国際情勢にも詳しく、とりわけアジアの障害当事者運動を牽引してきた人ならではの確信である。もう1つの課題は、次世代、若手の育成である。インタビューでもそのことに触れて「20代で育成して30代でバリバリやる、が理想。障害者も今でこそ地域で生活できるが、しっかりした運動家になるのに10年くらいかかります」と語る中堅職員もいた。沖縄県内のCILが5か所となった今、イルカはCILを束ねるセンター協議会の役割を果すことが求められる。
 しかし、ここでもイルカの原点である新門さんの物語に帰らなければならない。彼は生前、集会で次のような話をよくしていた。「やりたいこともやれずに目を閉じて逝った声なき人の声に耳を傾け続けること。」それはイルカにとって21年前に回帰しようということではない。これからもイルカにつながる障害当事者の物語を絶やすことなく語り継いでいこうということである。語り継いでいくには語られる物語がなくてはならない。

<主な文献>
・中村英代 2011『摂食障害の語り~<回復>の臨床社会学』 新曜社
・杉本章 2008『障害者はどう生きてきたか戦前・戦後障害者の運動史』現代書館
・堀正嗣編著『共生の障害学 排除と隔離を超えて』明石書店
・定藤丈弘編著 1993『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房
・中西正二編著 2003『当事者主権』岩波新書
・新門登 平成6年 『画集 スローな風景』テベの会



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